あやめお嬢様はガンコ者
新部署の発足
ーーーSide.久瀬---

どうしても気持ちを抑え切れなかった。

あやめさんとお見合いしてから、俺は少しずつあやめさんに惹かれていた。
仕事への熱意や、ガンコなまでに自分の足で人生を歩もうとするあやめさんの生き方に、心を揺さぶられた。
かと思えば子どもみたいに拗ねたり、無邪気にはしゃいだりするあやめさんは可愛らしく、守ってあげたくなった。
実家を出たいと言うあやめさんを、いつか俺が迎えに行こうと思った。

社長が本気で俺とあやめさんの結婚を望んでくれている、という事実も後押ししてくれたと思う。
あやめさんがどんなに政略結婚を考えていても、必ず俺に振り向かせてこの手であやめさんを幸せにする。
そう心に決めた。

だがあくまで慎重に、少しずつ歩み寄るつもりだった。
時間をかけてあやめさんの気持ちに寄り添いたかった。

そんな気持ちがあの瞬間、一気に吹き飛んだ。

あやめさんがクリオ製薬の副社長と、本気で結婚を考えていたとは。
どう見てもあの副社長と一緒にいて、あやめさんが幸せになれるとは思えない。
そう思っているとあやめさんは、愛人のポジションでも、と言ったのだ。

頭にカッと血が上った。
誰よりも大切なあやめさんが、愛人だなんて。
あやめさん自身の言葉だとしても耐えられなかった。

今すぐ奪い去りたい。
ずっとこの腕の中から逃したくない。

必死に気持ちを落ち着かせたが、どうしても伝えたくなった。
俺はこんなにもあなたを想っていると。

計算も計画もまるでない。
ただ感情のままに伝えた。
あなたが好きです、結婚してくださいと。

口をついて出た言葉だけに、それが俺の本音だった。

あやめさんの返事をすぐに求めるつもりはなかった。
ゆっくり考えてくれればいい。

けれどあやめさんは、悲しそうにポロポロと大粒の涙を溢れさせた。
辛い表情は見たくない。
あやめさんにはいつも笑っていてほしい。

俺はあやめさんの綺麗な涙を拭い、優しく声をかけた。
あやめさんの気持ちを聞き、大丈夫だと抱きしめたかった。
だが……。

「久瀬くんとは結婚出来ない」

その言葉は、俺の心に突き刺さった。
思わず手を緩めてしまうと、あやめさんはスルリと俺の腕をすり抜けて行ってしまった。

あまりのショックに、そのあとの記憶はあやふやだ。
なんとかパーティーを終えて帰宅すると、ソファに座り込んだ。
俺の言葉があやめさんを苦しめ、そしてあやめさんは俺を拒絶した。
その事実が重くのしかかり、しばらくは何も考える気がしなかった。

(いや、だからと言って俺はあやめさんを諦められない。ずっと想い続ける。どんなことがあっても)

最後に湧き上がってきた気持ちが俺を奮い立たせる。
そうだ、これくらいのことで諦められるほど俺の決意は軽くはない。
あやめさんのそばで寄り添いながら、必ず俺がこの手で守り、幸せにしてみせる。
どんなに時間がかかっても。

改めてそう心に誓った。
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