殺したいほど憎いのに、好きになりそう

お前だけは許さない


 あれからずっと、この時代の”やおい”に関する情報を優子ちゃんが話してくれた。
 別に聞いてもないのに……。

「私も早くお姉ちゃんみたいに、絵が上手くなりたいな! そしたら……」
「いや、優子ちゃんとお姉さんなら……絶対、”商業”行けるよ。私が保証するから」

 そうだ。俺に取って、この二人の作品が不快なのならば……。
 前世で言う腐女子たちにとっては、快楽なのだ。
 
「しょうぎょう? なんのこと?」
「あ、いや……あと5年ぐらいすれば、オリジナルBLマンガも流行り出すから、今は二次創作で力をつけてってこと」

 俺の持論に対して、首を傾げる優子ちゃん。


 そんな話をしていると、校舎が見えてきた。
 丘の上にそびえ立つ、大きな中学校。
 正門には、先輩と思われる生徒が男女合わせて5人ほど立っている。
 学校の中に入って行く、後輩に向かって大声で挨拶をしていた。

「「「おはようございます!」」」

 それを見ただけで、俺は後退りしてしまう。
 
 中身はアラフォーのおっさんでも、今は女子中学生。
 先輩たちは俺より身長の低い子が多いけど、纏っているオーラというか。
 やはり目上の人だと感じる、空気が重たい。

 その場で立ち止まってしまう俺を見て、優子ちゃんが優しく右手を掴んでくれた。

「大丈夫だよ、藍ちゃん」
「う、うん……」

 やっぱり、優子ちゃんという友達がいて良かったかも。
 俺ひとりじゃ入れそうになかった。
 良い子だな、腐女子だけど。

  ※

 ”真島(まじま)中学校”の校舎は、アルファベットの”H”を横にしたような形だ。
 左側の棟は一階から職員室や校長室、応接室など大人が使うもので。
 続けて2階と3階は、2年生と3年生の教室。
 
 俺たちが利用するのは、右側の棟で。
 一階こそ、理科室や武道場などで埋まっているが。
 ほとんどは、1年生の教室で埋め尽くされている。
 と優子ちゃんが、下駄箱で説明してくれた。

「覚えている? 私たちのクラス」
「えっと……1-Eとか?」
「全然、違うじゃん。アルファベットじゃなくて、数字。1年7組だよ」
「そうなんだ……」

 超、どうでもいい。
 そんなことより、俺はあることで頭がいっぱいだった。
 それは初恋の相手、鞍手 あゆみの存在。
 彼女が本当に前世と同じような人物ならば、仲良くなりたい。
 だって前世で彼女は、最悪の終わり方をしたから……。

 
 俺に色々と優しくしてくれた女性、鞍手 あゆみ。
 地元である福岡から離れても、よく手紙を送ってくれた。
 ずっと俺のことを考えていてくれたようで、唯一の支えだった。
 しかし、最後のハガキを見て俺は絶望した。
 よりにもよって、彼女が結婚した相手は、俺をいじめた鬼塚 良平だったから……。

 だから今度こそ、この世界では彼女と仲良くなって……。
 なんだったら、女同士の恋愛を始めてみたい。
 そう意気込んで、俺はクラスの扉を開ける。

 クラスの中は若者で溢れている。この中に必ず鞍手がいるはずだ。
 必死に当時の彼女を思い出しながら、探していると。
 背の低い少年が俺に声をかけてきた。

「あ、水巻。今日は学校に来られたんだ。良かったな」
「!?」

 忘れていた……。そうか、こいつもこちらの世界にいたんだな。
 俺を地獄の底へ落とした張本人。
 中学生という貴重な3年間を、お前に全部奪われたんだ。
 お前さえいなければ、俺だって今ごろは……。

 気がついた時には、俺は目の前に立っている少年の胸ぐらを両手で掴み、持ち上げる。
 強い怒りと憎しみのせいか、少年を軽々と持ち上げられることが出来た。
 大きなブラウンの瞳を覗き込むと、25年分の憎しみを吐きだした。

「鬼塚、お前だけは……絶対にお前だけは許さないからな」

 と男のようなドスのきいた低い声で、彼を脅した。
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