殺したいほど憎いのに、好きになりそう

腐女子が存在しない世界


 俺が通っていたというか、一日も登校しないで終わった中学校。
 ”真島(まじま)”中学校は、周辺の住宅街に囲まれていて、長い坂道を登った先にある。
 前世では小学校に通っていたから、その大変さが身に染みている。
 だって、中学校より小学校の方が更に遠いのだから。

 優子ちゃんと二人で坂道を登りながら、今期始まったアニメの話をしていた。

「やっぱさぁ~ 今始まったアニメで断トツなのは、『ふしぎなお遊戯』だと思うんだよねぇ~」
「ああ……懐かしい」

 ということは、俺の転生した世界は1995年で間違いない。
 それにきっと秋ごろだ。
 俺も見ていたから、覚えている。

「もうっ! 藍ちゃん! 懐かしいってなんのことっ!?」

 珍しく優子ちゃんが怒っている。
 なにか悪いことでも言ったかな?

「ど、どういうこと?」
「だって『ふしぎなお遊戯』は連載が始まってから、3年経ってようやくアニメ開始だよっ!?」

 あ、そっか。
 俺にとっては25年以上前の出来事でも、この世界では最新の情報なんだ。

「ごめん……でも、私もそのアニメ好きだよ?」
「本当? 藍ちゃんらしくないね。普段はもっとこう、難しい小説ばかり読んでいる子なのに」
「え、そうだったけ?」
「うん! 私がマンガとか貸しても『好みじゃない』って読んでくれなかったもん」

 なんだか嬉しそうだな。
 優子ちゃんって良い子そうだけど、結構オタクな女の子なのかな。

「でもね、私としてはあの作品が気になるのよね……『新世紀アヴァンゲリオン』まだ2話なんだけどさ。今後ずっと愛される作品に化けそうなの」

 当たってるよ……何十年も愛されすぎて、”シン・リメイク”されるほどだよ。
 優子ちゃんのセンス、神がかっているかも。

「そ、そうなんだ……。優子ちゃんは誰が好きなの?」
「そりゃもちろん、主人公でしょ! なんかあのオドオドしたころがたまらないのっ! あの子を見ていると無理やり、女の子の格好をさせたくなるわ!」

 うわっ、急に早口になったよ。
 こりゃあ間違いなく、オタクだ。それにきっと腐女子……。

「あの、間違ってたらごめん……。優子ちゃんって、ひょっとして”腐女子”なの?」

 俺の言葉になぜか固まってしまう、優子ちゃん。

「ふ、女子? なにそれ? 初めて聞いた」
「え? 腐女子じゃないの?」
「ごめん、分からない」

 あ……そうか。インターネットも普及していない時代だから、腐女子と言う言葉が世間に知られていないんだ。
 じゃあ、この時代のBLを愛していた人たちは、なんと呼べば良いのだろうか?

「えっと、じゃあ女オタクなら分かる?」
「酷い! 私のことをそんな風に呼ぶなんてっ!」

 オタクでさえも地雷なのか。
 そうだよな、当時はオタクに対して風当りが強かったもんな。
 俺の記憶を遡り、一つの言葉が見つかった。
 これなら、どうだ!
 
「じゃあ、”やおい”が好きとか?」

 すると優子ちゃんの瞳はキラキラと輝き出す。
 そして、俺の手を両手で掴む。

「なんで、その言葉を知っているの!?」
「いや……昔、親戚の子が読んでいたからさ」
「藍ちゃん! 今まで以上に仲良くしよう! 私でさえ、ついこの間。お姉ちゃんのお友達から教えてもらったばかりなのに!」
「う、うん……」
 
 その後、優子ちゃんがカバンから”薄い本”を取り出し、「是非読んで欲しい」と頼まれた。
 お姉ちゃんが描いたらしく、現在”少年チャンプ”に連載中の大人気マンガ『るろうな謙信(けんしん)』の同人誌だ。
 BLと表現するには、まだ時代が追いついてないようで。やおいと言うべきだろう。

 ”二重の極み”な男が、主人公から”逆刃刀”を無理やりぶち込まれるシーンだった。
 素人とは思えないぐらい画力が高い。
 しかも、キャラを限りなく原作に寄せている。なんて忠実な二次創作だ。

 それを読んだ俺は……。

「ヴォエっ!」

 お母さんが作ったサンドイッチを吐きそうになった。
 優子ちゃん良い子だし、可愛いから百合展開も考えていたけど。
 ごめんなさい、無理でした。
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