怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「考えたら、迷惑客と離れられるならば異動したほうが良いのかもしれませんね。会いに行く手段はいくらでもありますから」

「っ、ありがとうございます」

 意外にも、優流は私の異動を前向きに捉えているようだ。それが分かり、私の気持ちは少しだけ軽くなった。

「……ただ、寂しいことには変わりませんけど」

「んっ……」

 不意に、優流と唇が重ねられる。唇が触れ合っただけで、すぐに繋がりは絶たれたものの、私の唇の上には彼の温もりが残された。

「あずささん」

 私を抱きしめながら、優流は小さく耳元で名前を呼んだ。それだけで湯上がりの心地よい肌の温かさが、熱へと変わっていくのが分かる。

「一緒にいられる間は、甘えさせてくれませんか?」

 優流の言う‘‘甘える’’とは、きっと牧場の動物たちのような可愛らしい甘え方を指してはいない。もっと深い意味なのだろう。

 しかし、私は断るつもりはなかった。

「はい……でも、私だって優流さんにたくさん甘えたいです」

「ええ、もちろんです」

 互いを甘やかす約束をしてから、私たちはソファの上に倒れ込み、再びキスをした。
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