怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「高階副店長」

 優流を見送ってから店のバックヤードに行くと、新人スタッフの金子さんが私に声をかけてきた。その表情は、すっかり浮かないものとなっている。

「木下様の件、本当に……申し訳ございませんでした」

 彼女は申し訳なさそうに、私に深々と頭を下げた。

 私が最後にすべきこと。それは、木下の接客である。

 大城店長との話し合いの結果、私は異動先が決まるまで店舗に出勤しない予定だった。私が不在の間に木下が来店したとしても、異動のことは伏せてあくまで「休暇中」とだけ伝えることとなっていたらしい。

 しかし先日、金子さんが誤って木下に私が異動することを伝えてしまったのだ。木下は異動について聞いていないと激怒して、私から説明させるよう要求したというのだ。

 店長とお客様相談室で木下に対応したものの、木下はまったく譲らなかった。そのため、今日来店する予定の木下を、私が対応することになったのである。

「私のミスで、こんな大変なことになってしまって……」

「大丈夫よ。一度ミスをしても、今度からしなければ良いんだから。今回も大丈夫だから、安心して?」

 私が金子さんの背中をさすっていると、バックヤードに浜本チーフがやって来た。

「高階さん、木下様がご来店されたわ」

「分かった。……すぐ行くわ」

 覚悟を決めて深く深呼吸してから、私は木下の待つコスメカウンターへと向かった。
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