怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「高階さん、久しぶりだね」

「木下様、お久しぶりです」

 いつものように挨拶するものの、木下が不機嫌なのは明らかだ。私はなるべく落ち着いた口調で、話し始めた。

 少し離れた場所から大城店長や他のスタッフたちが見守ってくれているから、大丈夫。心の中で何度もそう繰り返し、呼吸を整える。

「異動について私から直接お伝えできておらず、申し訳ございませんでした」

「何で異動するの? 何かあったの?」

「うちのブランドでは数年ごとに店舗異動する決まりでして……このたび異動となりました」

 一身上の都合と言うと理由を根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えていたので、私はそのように伝えた。

「私も突然決まったことで驚いております」

「それで、どこに異動するの?」

「残念ながら、まだ決まっていないためお伝えすることはできかねます」

「……は? ふざけるな!!」

 木下は立ち上がり、カウンター近くに並べれていた商品を手を振り回して床に落とした。

 商品が激しい音を立てて床に落ち、散らばっていく。他の客に被害が及ぶのを防ぐため、私は慌てて静止した。

「っ、木下様、お止め下さい……!」

「うるさい! 異動するなら異動先を教えるのが常識だろう!? それができない? そんなに俺に来られるのが嫌なのかよ!!」

 木下の怒りは収まらず、彼は私に掴みかかろうとした。

 助けて、誰か……っ!!
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