怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する

幸せの始まり

 その後木下は、器物損壊容疑で駆けつけた警察により現行犯逮捕された。

 木下はこれまでに若い女性を狙った付きまとい行為を何度も行っていたらしく、警察にも要注意人物とされていたようだ。

 彼は退勤途中の私を尾行したことにより自宅を特定したという。それから、防犯カメラのない場所からマンションの壁を登って侵入、そして私の家の鍵穴に紙くずを入れたことを認めた。警察は私の件以外にも余罪があるとみて、捜査を進めている。

 百貨店側もこの事件を重く受け止めたようで、木下は百貨店の全店舗出入り禁止が決まった。

 騒動から三ヶ月が経ち、私にもようやく平穏な日常が戻ってきたと言える。

 木下が逮捕されたこともあり、私の異動は取り消しとなった。今までと同じ店で、仕事に邁進する日々である。

 そんな私の日常にも、いくつか変化が訪れていた。

「はい、完成です。どうでしょうか? 真子さん」

「わあ……とっても素敵」

 手鏡を覗き込んだ真子は、化粧を終えた自分の顔を見て歓声を上げた。今日は新発売のアイシャドウの試し塗りをしたのだが、気に入ってくれたようだ。
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