怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する

優流の頼みごと

 次の日。私はスキンケアを終えてから、いつになく気合いを入れて化粧をしていた。

 結局私は、凛の提案を断れずに了承してしまった。そのため、今日は朝から優流と待ち合わせて出勤することになったのだ。

 緊張で心臓がドキドキしているものの、当然ながら、それは恋の胸騒ぎなどではない。どちらかと言えば、副店長への昇格試験を受けた時の緊張感と同じだ。

 決して粗相のないように。自分の頭の中にあるのは、そのひと言だけだった。

「よし、できた!」

 リキッドファンデーションで艶肌を作り、新作のアイシャドウとリップ、その他諸々を塗って、仕事用の顔は完成した。我ながら上出来だ。

「っ、て。もうこんな時間!?」

 壁掛け時計を見ると、出発時間ちょうどとなっている。私は慌てて、家を飛び出して行った。

 □

 マンションのエントランスに行くと、優流が立って待っていた。私は駆け寄って、ペコペコと頭を下げる。

「おはようございます、お待たせしました!」

「いえ、お気になさらず。では行きましょうか」

「は、はい。お願いします」

 挨拶もそこそこに、私たちは駅に向かって歩き出した。

「……」

 並んで歩くものの、二人の間には沈黙が流れる。正直、どの程度の雑談なら許されるのか分からず、私は困惑していた。

 とはいえ、駅まで徒歩で五分はかかるので、その間ずっと無言は辛い。とりあえず私は、無難な会話から始めることにした。
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