怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「そう言えば……昨日は、ご馳走様でした」

 実は洋食屋での食事代は、すべて優流が払ってくれたのだ。値段を気にせずメニューを選んでいたので、自分で払うと言ったものの、あっさり断られてしまったのである。

『お兄ちゃんと一緒にご飯行く時は、私もいつも奢ってもらうし、高階さんも気にしなくて大丈夫よ』

 凛は悪びれずそう言ったものの、初対面で奢られるのは、やはり申し訳なく思えたのだ。

「いえ。あの店、別会計ができないんですよ。だから気にしないでください」

「は、はい……」

 そこまで話して、再び沈黙が訪れる。私は次なる会話の糸口を探すために、横目で優流のことをこっそり観察し始めた。

 コスメカウンターではスタッフもお客様も女性ばかりなので、雑談の話題にはまったく困らない。ネイルや服装、バッグなと、オシャレだと思ったポイントを褒めれば自然と会話は弾むものだ。

 けれども、優流の服装はシンプルそのものだ。昨日と同じくダークカラーのスーツを身にまとい、目立った装飾品も見当たらない。仕事柄もあってか香水も付けてないし、腕時計もジャケットの袖に隠れてよく見えない。

「どうされました?」

「っ、い、いえ! その……スーツ、とってもお似合いですけど、もしかしてオーダースーツですか?」

 優流のスーツは、ハイブランドとひと目で分かるような華やかさはなくとも、彼の身体にぴったりとフィットして見えたのだ。
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