怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する

偽の交際相手

 懇親会の会場であるホテルの広間には、落ち着いた色味のスーツを着た客が目立つ。年配の方も多く見えるが、みな姿勢が良く、凛とした立ち姿だ。

 だらしない格好をしてはならない。きちんとしなければ。……広間に足を踏み入れただけで、そんなプレッシャーが一気に押し寄せてきたのだった。

 優流の隣で、私はすっかり顔を引きつらせていた。

「パーティーと言っても懇親会なので、歓談でも難しい話題は出て来ないと思います。何かあれば、適宜フォローしますので」

 緊張のあまりおぼつかない足取りとなっている私に、彼はそう耳打ちした。

「は、はい……よろしくお願いします」

 とある日曜日。優流から頼まれて、私は法律関係者の集うパーティーに参加していた。

 弁護士や裁判官など、法律を扱う仕事に従事していると、新法や法改正について学ぶ講習会が定期的に開かれるという。その後に開かれた懇親会が、このパーティーという訳だ。

 私と優流がタクシーで帰った日の朝、どうやら私たちが並んで歩いているところを、優流の知人が見かけたらしい。それが周りにまわって、なぜか弁護士会会長の耳に届いたのだという。

 そして会長から、「結婚を前提とした交際相手ならば、懇親会に連れてきなさい」と電話が来たというのだ。

 ただの知人と言えば良い話にも思えるが、優流にはそうもできない深い訳があった。
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