怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する

あずさの提案

 昨夜は大雨が降ったというのに、今日は雲一つない青空が広がっている。

 カーテンを開けてから、朝の日差しを全身に浴びるけれども、気分はまったく晴れてはくれない。

 ……家、出たくないなぁ。

 今日も朝から仕事のため、優流と一緒に出勤する予定だ。しかし、昨日のこともあって、彼と顔を合わせるのがとても気まずい。

 とはいえ、断りもなしに待ち合わせをすっぽかすのはあまりにも失礼だし、昨日のことはきちんと謝らなければなるまい。私は気が進まないながらも、仕事に行く準備を始めた。

 気分が落ち込んでいるせいか食欲が湧かず、口にしたのは食パンを四等分した一枚のみ。朝食と着替え、そして歯磨きまで、短時間で終わってしまった。

 こんな日に限って、いつもより時間に余裕をもって化粧ができるなんて、皮肉なものだ。

「……派手な色は、やめとこうかな」

 洗面所の鏡の前でスキンケアをしながら、私はひとり呟いた。

 ベージュのリップに、オレンジブラウンのマットチーク。アイメイクも、すべてラメの入っていない色を使って仕上げていく。

 まさに、おしゃれや自己表現ではなく、相手に不快感を与えないための化粧そのものである。

 そう言えば、この前スキャンダルで炎上してたインフルエンサーの女の子も、謝罪動画でこんな感じの化粧をしてたっけ。

「これで困り眉毛にでもしたら、そっくりね」

 そんな下らないことを考えながら、私は淡々と化粧していった。
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