怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「すみません……子供じみた感想を言ってしまって」

 難しい判断を下さねばならない立場にいる優流には、尊敬しかない。しかし同時に、私は優流がはるか遠い存在に思えていた。

 そんな私に、優流は意外な言葉を投げかけてきたのだった。

「俺からすれば、高階さんだって十分すごい人ですよ」

「え……?」

 自らの腕に視線を落として、優流は言った。

「見てください。ファンデーションを塗ってからだいぶ時間が経ったのに、まったくとれてません。それに、外に出ても変に色が浮いて見えることもない」

「それは……ファンデーションのおかげですよ」

「そんなことありませんよ。凛だって、高階さんに相談したら必ずぴったりな商品を提案してくれるっていつも言ってます。膨大な選択肢の中から最適なものを選び取って、最大限に活用する。それも技術のひとつですから」

「っ、ありがとうございます」

 密かに憧れている彼に褒められて、言いようのない嬉しさが込み上げてくる。けれどもすぐに、その甘い感覚は氷が解けるように消えてしまった。偽の交際相手であり、これ以上は望めないのだ……と。

 そうと分かっていても、優流を想う気持ちは止められない。しかし、私がこの気持ちを打ち明けてしまったならば、きっと彼は困ってしまうに違いない。

「日が落ちてきましたので、そろそろ出ましょうか」

「はい、ありがとうございました」

 この気持ちは……胸の中にしまっておこう。

 心の中で、私はそう呟いた。
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