怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する

私を助けてくれたのは……

「あ、貴方は……?」

「こんなところで会うなんて奇遇ですね、せっかくだから駅まで一緒に帰りましょうか。それでは、失礼します」

「え? あ、うん?」

 男性は木下に会釈してから、私の手を引いて早足で歩き出す。彼とは明らかに初対面のため、私は困惑していた。

「あ、あの……っ」

「シッ。静かに」

「っ!?」

「いいから黙って、今だけは知り合いのふりをしててくれ。とりあえず、駅まで行こう」

 どうやら彼は、機転を利かせて私を助けてくれたらしい。

「は、はい」

 私が頷くと、男性はスマートフォンで誰かに電話をかけ始めた。

「もしもし、ああ。悪いが、事務所まで迎えに行けなくなった。駅前まで来てくれるか? じゃあ、よろしく」

 淡々とした口調でそう言って、彼は電話を切った。

 助かった……。

 最初は何が起こっているのか分からず混乱していたが、人通りの多い駅前に着く頃には、気持ちもだいぶ落ち着いていた。

 駅の時計台の前で立ち止まり、男性は辺たりを見回した。私もつられてキョロキョロするが、木下の姿は見当たらなかった。

「さっきの男も、ここまで付いてきてないみたいだから、とりあえず大丈夫そうだ」

「その……助けていただいて、ありがとうございます!」

「いえ、とんでもないことです」

 私たちがそんなやり取りをしていると、近くの道路に一台の黒い車が止まった。見ると中から、ヒール靴を履いた美しい脚が二本見えたのだった。
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