音楽的秘想(Xmas短編集)
 体の奥から駆け昇ってくる思いを感じながら、鍵盤の上で指を一気に滑らせる。きっと私は今、作者と同じ気持ちだ。小さなこの体を巡り続ける熱きものを、全身で思い知る。何もかもを揺さぶり落とすような力強い音を、私は両手で紡いだ。

 治まらない鼓動のような連打が続く。この思いは止められない。私ですら、その方法が分からないのだ。誰かに止められる筈がない。

 例え大粒の雨が叩いてきても、この炎を消すことは不可能だ。その程度の思いではない。“曲を感じろ”と彼に言われたあの日から、私は変わった。心に訴えてくる沢山の“言葉”が、聞こえるようになった。前の私には、もう戻れない。こんなにも燃え盛る感情を、知ってしまったのだから。

 紅い空を翔る鳥のように、私の思いも秒速で駆けていく。もうすぐ曲の終わりだ。焦がれ続けた心が、そろそろ休みたいと言っている。

 飛び跳ねる鼓動のように、大きく8回鍵盤を叩く。

 1、2、3、4。ほら、もうすぐだ。

 5、6。あと一息。

 7。終わりを躊躇うように。

 8──大きく強く響かせて、この思いを、確かに彼へと伝えた。
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