音楽的秘想(Xmas短編集)
 天国の母を思いながら、僕達は歌った。客席よりはやや上の方──そう、空に視線を向けて。

 僕より少しだけ高い、澄んだ深みのある声。その声に、伸びやかな自分の声を重ねる。“自然と耳に入ってくる心地良い二重奏”だというボーカル学科の先生の評価が正しかったことを、物音一つ・言葉一つさえ出さないお客さん達が証明してくれた。



「……ありがとうございました!!」



 コーダで程良く伸ばした歌声を響かせた後。我儘なパフォーマンスを最後まで見てくれたお礼を叫んだ僕達を、春の陽射しのような温かい拍手が包み込んでくれる。それは、いつかの母の笑顔に似ていた。

 太陽が霞む程のあの笑顔を、僕達はもう見ることが出来ない。この先も、ずっと。だけど、僕達が悲しめば、あの人はきっと泣いてしまうから。僕達以上に悲しんでしまうだろうから。いつまでも甘えてばかりじゃ居られない。いつかまた会えた時に、胸を張って“生き抜いたよ”と言える自分であるために。

 舞台を降りる僕達に向けられる、沢山の小さな光。帰ったら、家族で撮った写真の前でクリスマスソングでも歌ってやるか。そう呟いた瑞希に僕は、彼と同じ笑みを返した。



fin.
< 21 / 40 >

この作品をシェア

pagetop