音楽的秘想(Xmas短編集)
 何もかも順調に上手くいっていると思っていた。だけど、そう思っていたのは所詮俺一人で。麻里絵はいつも、不安と戦っていたのだ。

 意思表示が下手くそな俺のせいで、麻里絵はいつも苦労していた。俺が不機嫌そうにしていれば『具合悪いの?それとも私、何かやらかしちゃった?』と尋ねてきて、下らない嫉妬や苛々で何度もあいつを困らせてきた。

 だから、俺には天罰が下ったのだ──いや、違う。神様が彼女にプレゼントを与えたのだ。ダメ男と離れる機会という、プレゼントを。



『……私、もう疲れちゃった。悪いけど、これ以上一緒に居てもお互いプラスになんないと思う。』



 最後に麻里絵は、『あんたにはもっと良い人が現れるよ。あんたが言いたくても言えないことまで、ちゃんと分かってくれる女の子が』と言って涙を流した。泣いていたのに、あの笑顔は何故かとても爽やかだった。

 ──あれから八年。俺は25になり、母校の教師をやっている。あいつのことはチラッと聞いたが、外資系企業の社長と結婚したらしい。幸せになってくれたんだな、と安心した。だけど、左胸の奥の痛みは未だに消えてはくれない。俺の心はずっと、“あの頃”のままなのだ。
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