March〜さよならじゃない〜
卒業証書の入った黒い筒を握り締め、弥生絵菜(やよいえな)は三年三組の窓の外の景色を見つめていた。もうこの景色を見ることはないためである。

三月一日。今日は様々な学校で卒業式が行われている中学生だった絵菜も先ほど卒業式を終えたばかりだ。四月からは高校生である。

教室には絵菜以外誰もいない。もう全員教室を出て、駐車場の辺りで写真を撮ったり先生や後輩と話をしたりしている。絵菜はそれをただぼんやりと見ていた。

(よかった。何も感じない)

今日を迎えるまで、何度も泣きそうになった。しかし今は一粒も涙が出ることはない。そのことに絵菜はホッとする。彼からあの話を聞いた時から、絵菜の心が凪いだ日は一度もない。

教室のドアが開く音がした。反射的に絵菜は振り返り、後悔する。学ランを着て立っている男子生徒が「よっ」と声をかけてきた。

「……みんなのところ、行かなくていいの?」

「さっき一通り挨拶は済ませてきたから、ちょっと日本の教室に浸りたくてさ」
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