取引婚をした彼女は執着神主の穢れなき溺愛を知る
「お待たせしました」
「まったく待っておりませんよ」
 彼の低い声はやわらかくて耳に心地良かった。穏やかで静かなのに聞きづらいということがない。

「こちらは草凪千景(くさなぎちかげ)さん。草凪さん、娘の優維です」
 父の紹介で、ふたりはお互いに頭を下げる。
 どうぞおかけください、と言われて優維は父と共に席に座った。
 対面には千景が座る。
 注文を取りに来た店員にドリンクを頼み、父は改めて彼を紹介する。

「草凪さんは大藤神社(おおふじじんじゃ)にお勤めの禰宜(ねぎ)なんだよ」
 大藤神社はこの近辺で一番大きな神社だ。だから何人もの神職がいるし、巫女も多い。根古間神社とは大違いだ。

 一般に神主と呼ばれる人たちは正式には神職といい、宮司、権宮司、禰宜、権禰宜と分かれている。
 宮司が責任者であり、権宮司が補佐をする。会社での社長と副社長に該当するが、権宮司は置かれないこともある。禰宜は課長から常務級、権禰宜が主任から一般社員に相当する。神社の規模によって置かれる役職や人数は変わる。巫女は神職ではないから該当するものはない。

 根古間神社は、今は宮司である父しかいない。しばらく前までは事務を兼務する禰宜がいたが、経営が苦しいので先月やめてもらったところだ。
「彼はとても優秀だと評判で参拝者からの信頼も厚くてね」
 本当に信頼かな、と優維は少し疑った。彼の造形の美しさからファンがいてもおかしくない。

「お前の高校の同級生だそうだ」
「そうなの?」
 優維は驚いて彼を見る。こんなイケメンはまったく記憶にない。
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