取引婚をした彼女は執着神主の穢れなき溺愛を知る
「そういえば、今日は用事が入ってるんだった。いやあ、はずせない用事でね」
 しらじらしい口調から、それが偽りであることがはっきりとわかった。
「お父さん!」
「じゃあ、あとはふたりで。草凪くん、娘を頼むよ」
 にこにこと言って、父は去っていく。
 優維はため息をこらえて千景に頭を下げた。

「うちの父がすみません」
「大丈夫ですよ」
 声は優しかった。落ち着いた声音はたいていの神職に共通するが、彼は特にたった一言でも聞きほれる魅力にあふれている。

「根古間さん、俺のこと覚えてる?」
 彼の口調が懐かし気に砕けた。

「ごめんなさい、実は思い出せなくて」
 男子生徒とはあまり話をしなかったから記憶に薄い。

「昔は外見に気を使ってなかったから印象が違うかもな」
 照れ臭そうな彼に、思い出そうとして首をかしげる。

「自分で言うのもあれだが、俺、ある意味で有名だったと思うんだ」
 有名な草凪くん、と記憶が焦点を当て始め、やがてくっきりと像を結んだ。

「草凪くん! ずっと学年一位だった!」
「良かった、思い出してもらえて」
 彼の顔に笑みが咲きほころぶ。
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