矢吹くんが甘やかすせいで

矢吹くん

ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ………

んー…うるさいなあ…

ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピッ。

ああもう分かったよ!起きればいいんでしょ、起きれば!

二度寝は諦めてのそりと体を起こす。

スマホの画面をつけると、そこにはアラームを止め損ねた時に映し出される画面が表示されていた。
しかも設定しておいたアラームの中で一番遅い時間の…!

背筋がさあっと冷たくなる。

え、遅刻?まさか3年生初日からやらかした?
…うわあああ!

「ちょっとお母さん!どうして起こしてくれなかったの?!」

「えぇ?起こして、なんて言われたかしら、私」

「ゔっ………」

「それに、昨日夜遅くまで本を読んでいたのはどこの誰かしらね〜」

「…朝ごはんいらないや!行ってきます!」

「はーい、行ってらっしゃい。気をつけてねー」

私のお母さんはおっとりした口調なのに、言うことは的を得ているのでこちらは何も言い返せない。
お母さん相手に口喧嘩なんかしたら絶対に勝てないだろう。

 ❖ ❖ ❖

ガチャッ。

「えっ?矢吹(やぶき)くん?!」

ドアを開けた瞬間、そこには見慣れた顔があった。

『矢吹くん』とはおとなりに住む高校2年生の男の子で、私の幼なじみだ。

矢吹くんはいわゆるイケメンというやつで、子供の頃から女の子に人気があった。

それは私も幼いながらに理解していたくらいだ。

サラサラで艶のある黒髪と、男の子にしては透き通りすぎている綺麗な肌。ツンと高い鼻にぱっちりした大きな瞳、薄い唇はいつも口角が上がっている。

スタイルもよく、180cmと高めの身長からすらっと伸びた手足は細く、それでいて肩幅は広い。そういうところは男の子だなあ、と思う。

神様の天才的な造形美をまじまじと見つめていると、矢吹くんは「何〜?」と照れ笑いをした。

うわ、笑うと余計にかっこいいなあ…じゃなくて!

「矢吹くん、何してるの?遅刻しちゃうよ?!」

「ひどいなあ、妃奈を待ってたのに。そんな言い方はあんまりだよ」

そう言うと、矢吹くんは両手をあげて肩をすくめた。

あまりにも悲しそうな顔をするので、私は即座に謝る。

「で、何で私を待ってたの?」

「え?妃奈と学校行こうと思って」

「は…はぁあぁあ?!?」

何を言っているんだこの人は!そもそも矢吹くんと私の学校は正反対の方向にあるのに!

「ちょ、妃奈、近所迷惑…」

私はシーッと口に指を当てる矢吹くんの手をばっと掴んで、矢吹くんの高校への道を歩きはじめた。

「そんなのいいから!早く!行くよ!」

「いやいやいや、妃奈が先だよ?」

その瞬間、私の手はいとも簡単に振りほどかれ、体ごとくるっと方向転換させられた。

「…はっ?」

「はい出発ー」

「え?矢吹くん遅刻しちゃうよ?!早く行きなよ!」

「残念。僕は今日2時間目から行けばいいから、余裕で間に合うんだなあ〜」

「そ、そうなの?本当に?」

「僕は妃奈に嘘はつかないよ。さあ行こう!」

「えぇ〜…?」

矢吹くんに言われるがまま、背中を押されるがままに、戸惑いつつ歩きはじめる私だった。
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