矢吹くんが甘やかすせいで
矢吹くんが彼氏になると
「矢吹くん!おはよー」
「あ、妃奈!おはよう」
矢吹くんはいつもニコニコしているけれど、今日はいつにも増してニコニコしている気がする。
「どうかしたの?」
「え?いや、妃奈がかわいいなーって思って」
「…ちょっともう!」
ぷくっと頬を膨らませて怒ったふりをしてみるが、矢吹くんは「ごめんごめん」と言いながらどこか嬉しそうだった。
「早く!学校行くよ!」
「はーい」
私は目尻がでれんと下がりきっている矢吹くんの手を握って、私の学校へ向かって歩きだした。
矢吹くんの学校に先に行こうとすると絶対この前みたいに遮られるので諦めて、せめて矢吹くんが学校に早く着けるように無駄な時間を省き、先に私の学校へ行くことにした。
「妃奈ー、そんな早く歩かなくてもいいんじゃない?」
「何言ってんの!矢吹くんが遅刻しちゃうでしょ?」
「いやーでもさ…」
「何?」
「…せっかく僕たち恋人同士になったんだし、ゆっくり行きたいなーって、思って…」
そう。昨日私は矢吹くんのシャツにシミを作るほど大号泣したあと、矢吹くんに告白した。
矢吹くんは涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃな顔で、しどろもどろ話す私の言葉をひとつひとつ頷いて聞いてくれた。
そして、私たちは晴れて恋人となったのだ。
「うぅ…そんなかわいい顔してもだめっ!行くよ!」
「ちぇっ。妃奈のケチ〜」
「何とでも言いなさい」
あれ、このセリフどこかで聞いたなと思いつつ、私は矢吹くんの手を引っ張ってずんずんと歩いていった。
❖ ❖ ❖
「送ってくれてありがと。じゃ、遅刻しないようにね!」
矢吹くんに背を向けて校門をくぐろうとすると、ふいに背中に重みを感じた。
「…矢吹くん?何してるの?」
「だって。このまま学校行ったら妃奈と離れ離れでしょ。その前に充電」
「………少しだけね」
矢吹くんは私の肩に顔をうずめ、しばらくそのまま動かなかった。
私は照れくさいやら心配やらで気が気じゃなかったけれど、顔に触れる矢吹くんの柔らかい髪からシャンプーの香りが鼻をくすぐって、なんだかほっとした。
「いいにおい…」
「え?」
はっ!しまった、声に出てた?!
「い、いや、矢吹くんからいいにおいがするなーって思って…ってごめん!変だよね!」
そう言うと、矢吹くんはようやく顔をあげてくれた。
…が、様子がおかしい。顔が真っ赤だ。耳まで赤く染まっている。
「ちょっ、大丈夫?!矢吹くん、熱?具合悪い?」
「…いや」
「ええ、でも顔が赤いよ?」
「………妃奈のせいだから」
「んっ?」
「妃奈が悪いんだからね!」
そう言うと、矢吹くんはきれいなまわれ右をしてもと来た道を戻っていった。
「えぇー…」
どういうことだろう…?
❖ ❖ ❖
「っはー!あんた罪な女ねえ」
昼休み、朝の一部始終を佳音に話すと、佳音はおじさんみたいな声を出して額に手を当てた。
「え、何、どういうことなの?」
「いい?それはね、あんたが『矢吹くん、いいにおいがするぅ〜』なーんて言ったもんだから、矢吹くん照れちゃってんのよ!」
「そ、そんな言い方してないし!」
「いーや、超絶鈍感天然イケメンホイホイの妃奈ならやりかねないわ」
「何、そのあだ名…」
聞いたこともないあだ名をつらつらと早口言葉のように並べたてた佳音を横目に、私は改めて朝の出来事を思い出していた。
そっか、あれは照れてたんだ…
そう思うとなんだか嬉しかった。
どうしてかはわからないけど。
「ところで妃奈、今日の放課後どうする?」
「うーん多分、矢吹くんが迎えに来るだろうから直帰かなあ」
「そっかー残念!駅前にできた新しいカフェ一緒に行きたかったなー」
「ダーリンと行けば?」
「そこ、女性限定なのよ。ダーリンは連れていけないの…」
そう言って肩を落とす佳音は、心底残念そうだった。
「わかった、じゃあ今度行こ!矢吹くんには私から話しておくから」
「ほんと?!ありがとー!やっぱり持つべきものは友よね〜」
喜ぶ佳音を見ていたら私まで嬉しくなった。
ピロン。
「ん?スマホ鳴ってるよ?」
「ほんとだ」
メッセージアプリを開くと、矢吹くんからだった。
【妃奈、ご飯食べた?】
その一言だけだったけれど、今まで昼休みに連絡がくることなどなかったので思わずにやけてしまった。
「なあに?見せつけられてんの〜?」
「ち、違うよ!そんなんじゃないってば」
私は「見せてよ見せてよ」と言ってにじり寄ってくる佳音から逃げ、廊下の隅に出た。
【食べたよー】
…っと。送信したあと、あまりにも短すぎたかな?とは思ったけれど、なにせ初めてのことだから加減がわからなかった。
ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。
え?
【そっか、良かった】
【僕も食べたよ】
【午後も頑張ろうね、お互い】
【妃奈大好き】
…待って。矢吹くんってこんなに一気に送ってくる人だったっけ?
いつも私が送ったメッセージには必ず短い文章で返信してきてたけど、それでも1件2件だった!
…もしかして、矢吹くんって…
ううん、考えるのはやめておこう。
だとしても私にいいことしかないもんな。
私はぶんぶんと首を振って一瞬浮かんだ考えを散らし、もう一度アプリを開いた。
【私もだよ】
スマホのやり取りとはいえ、まだ『大好き』という言葉を送るのは照れくさかった。
スマホをポケットにしまうと、ちょうど始業のチャイムが鳴った。
「あ、妃奈!おはよう」
矢吹くんはいつもニコニコしているけれど、今日はいつにも増してニコニコしている気がする。
「どうかしたの?」
「え?いや、妃奈がかわいいなーって思って」
「…ちょっともう!」
ぷくっと頬を膨らませて怒ったふりをしてみるが、矢吹くんは「ごめんごめん」と言いながらどこか嬉しそうだった。
「早く!学校行くよ!」
「はーい」
私は目尻がでれんと下がりきっている矢吹くんの手を握って、私の学校へ向かって歩きだした。
矢吹くんの学校に先に行こうとすると絶対この前みたいに遮られるので諦めて、せめて矢吹くんが学校に早く着けるように無駄な時間を省き、先に私の学校へ行くことにした。
「妃奈ー、そんな早く歩かなくてもいいんじゃない?」
「何言ってんの!矢吹くんが遅刻しちゃうでしょ?」
「いやーでもさ…」
「何?」
「…せっかく僕たち恋人同士になったんだし、ゆっくり行きたいなーって、思って…」
そう。昨日私は矢吹くんのシャツにシミを作るほど大号泣したあと、矢吹くんに告白した。
矢吹くんは涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃな顔で、しどろもどろ話す私の言葉をひとつひとつ頷いて聞いてくれた。
そして、私たちは晴れて恋人となったのだ。
「うぅ…そんなかわいい顔してもだめっ!行くよ!」
「ちぇっ。妃奈のケチ〜」
「何とでも言いなさい」
あれ、このセリフどこかで聞いたなと思いつつ、私は矢吹くんの手を引っ張ってずんずんと歩いていった。
❖ ❖ ❖
「送ってくれてありがと。じゃ、遅刻しないようにね!」
矢吹くんに背を向けて校門をくぐろうとすると、ふいに背中に重みを感じた。
「…矢吹くん?何してるの?」
「だって。このまま学校行ったら妃奈と離れ離れでしょ。その前に充電」
「………少しだけね」
矢吹くんは私の肩に顔をうずめ、しばらくそのまま動かなかった。
私は照れくさいやら心配やらで気が気じゃなかったけれど、顔に触れる矢吹くんの柔らかい髪からシャンプーの香りが鼻をくすぐって、なんだかほっとした。
「いいにおい…」
「え?」
はっ!しまった、声に出てた?!
「い、いや、矢吹くんからいいにおいがするなーって思って…ってごめん!変だよね!」
そう言うと、矢吹くんはようやく顔をあげてくれた。
…が、様子がおかしい。顔が真っ赤だ。耳まで赤く染まっている。
「ちょっ、大丈夫?!矢吹くん、熱?具合悪い?」
「…いや」
「ええ、でも顔が赤いよ?」
「………妃奈のせいだから」
「んっ?」
「妃奈が悪いんだからね!」
そう言うと、矢吹くんはきれいなまわれ右をしてもと来た道を戻っていった。
「えぇー…」
どういうことだろう…?
❖ ❖ ❖
「っはー!あんた罪な女ねえ」
昼休み、朝の一部始終を佳音に話すと、佳音はおじさんみたいな声を出して額に手を当てた。
「え、何、どういうことなの?」
「いい?それはね、あんたが『矢吹くん、いいにおいがするぅ〜』なーんて言ったもんだから、矢吹くん照れちゃってんのよ!」
「そ、そんな言い方してないし!」
「いーや、超絶鈍感天然イケメンホイホイの妃奈ならやりかねないわ」
「何、そのあだ名…」
聞いたこともないあだ名をつらつらと早口言葉のように並べたてた佳音を横目に、私は改めて朝の出来事を思い出していた。
そっか、あれは照れてたんだ…
そう思うとなんだか嬉しかった。
どうしてかはわからないけど。
「ところで妃奈、今日の放課後どうする?」
「うーん多分、矢吹くんが迎えに来るだろうから直帰かなあ」
「そっかー残念!駅前にできた新しいカフェ一緒に行きたかったなー」
「ダーリンと行けば?」
「そこ、女性限定なのよ。ダーリンは連れていけないの…」
そう言って肩を落とす佳音は、心底残念そうだった。
「わかった、じゃあ今度行こ!矢吹くんには私から話しておくから」
「ほんと?!ありがとー!やっぱり持つべきものは友よね〜」
喜ぶ佳音を見ていたら私まで嬉しくなった。
ピロン。
「ん?スマホ鳴ってるよ?」
「ほんとだ」
メッセージアプリを開くと、矢吹くんからだった。
【妃奈、ご飯食べた?】
その一言だけだったけれど、今まで昼休みに連絡がくることなどなかったので思わずにやけてしまった。
「なあに?見せつけられてんの〜?」
「ち、違うよ!そんなんじゃないってば」
私は「見せてよ見せてよ」と言ってにじり寄ってくる佳音から逃げ、廊下の隅に出た。
【食べたよー】
…っと。送信したあと、あまりにも短すぎたかな?とは思ったけれど、なにせ初めてのことだから加減がわからなかった。
ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。
え?
【そっか、良かった】
【僕も食べたよ】
【午後も頑張ろうね、お互い】
【妃奈大好き】
…待って。矢吹くんってこんなに一気に送ってくる人だったっけ?
いつも私が送ったメッセージには必ず短い文章で返信してきてたけど、それでも1件2件だった!
…もしかして、矢吹くんって…
ううん、考えるのはやめておこう。
だとしても私にいいことしかないもんな。
私はぶんぶんと首を振って一瞬浮かんだ考えを散らし、もう一度アプリを開いた。
【私もだよ】
スマホのやり取りとはいえ、まだ『大好き』という言葉を送るのは照れくさかった。
スマホをポケットにしまうと、ちょうど始業のチャイムが鳴った。