いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

ガールズバンド桜影

「キャー!」「真琴せんぱーい!」

 ライブハウスのフロアが揺れるほどの歓声が飛ぶ。
 桜陽女子高軽音部の看板バンド「桜影」のステージ。
 如月真琴はドラムスティックを軽く回しながら、静かにマイクを取る。

「次の曲、楽しんでいけよ――『ファイアー アップ』!」
 クールな低音ボイス。照明が真琴を照らすと、歓声はさらに大きくなる。
 短く整えられたダークブラウンの髪、長めに流したサイドのライン。
 身長170cmの長身に引き締まったスポーティな身体。
 どこから見てもイケメン王子だ。

 観客の熱気が高まり、ステージ全体が爆発するようなエネルギーに包まれる。

「ワン、ツー、スリー!」

 カウントと同時にスティックが振り下ろされる。
 真琴の叩くドラムがライブハウスの空間を震わせ、ベースとギターが躍動する。
 ボーカルの一ノ瀬詩音が高らかに声を響かせ、演奏が一気に加速していく。

 演奏が始まったら、真琴は "王子" から、ドラマーになる。
 スネアを叩き、シンバルが響かせていると、無心になれる。
 リズムに身を委ね、観客の熱気を浴びる――これが、最高に気持ちいい。

「ファイアー! アップ!」

 詩音のシャウトに合わせ、観客が拳を突き上げる。
 ライブハウスは、彼女たちの音楽と歓声で満たされていた。

 演奏が終わると同時に、観客が大きく叫び、拍手が鳴り響いた。
 熱気が肌にまとわりつく。ステージのライトが眩しく光る。

「ありがとな!」

 軽く息を整えながら、真琴はスティックを持ったまま手を挙げる。
 会場から「真琴せんぱーい!」と再び歓声が飛ぶ。

 これが "桜影" のライブ。
 これが "桜陽女子高の王子様" のステージ。

 だけど――
 なぜか胸の奥に、小さな違和感が残る。
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