いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

桜影再始動

 早紀との会話を経て、真琴の中でひとつの答えが見え始めていた。いきなり変わる必要はない。でも、少しずつ自然体になっていけばいい。
そのためにも、自分の原点であるライブに戻るべきだと思った。

「……また、Beat Cellarでライブ、やろう」
 真琴がそう言うと、バンドメンバーの顔が一斉に明るくなった。
「おおっ! やる気出てきたじゃん!」
 詩音が嬉しそうに微笑む。
「決まったなら、練習あるのみね」
 早紀はいつも通り淡々としているが、どこか嬉しそうだった。

   ◇◇

 練習が終わり、機材を片付けていると、樹里がふと尋ねた。
「で、次のライブでも王子様やるん?」
 真琴は、一拍置いてから、はっきりと答えた。
「やるよ。私は、ステージの上では、王子様だからね!」
 その瞬間、樹里の眉がほんのわずか動いた。
 樹里は、すぐに気づいたようだった。真琴が「俺」ではなく、「私」と言ったことに。

 真琴は、ずっと一人称を「俺」にしていた。
 それが自然だと思っていたし、そうしなきゃいけないと思っていたから。
 ステージの上で王子様を演じる。
 でも、それは "求められているから" ではなく、"私がそうしたいから" だ。
 それに気づいたからこそ、"俺" じゃなくて "私" という言葉が自然と出たのかもしれない。

 樹里は、その小さな変化をすぐに察したようだった。
 一瞬、何かを考えるような表情をしたあと、彼女は笑った。
「……そっか」
 その短い言葉には、たくさんの意味が込められている気がした。

「ならさ、ウチらも最高にカッコよくやるしかないっしょ!」
「もちろん!」
 詩音が元気よく応じる。
「バンドとして、最高の演奏をするだけよ」
 早紀も静かに頷いた。

バンドのメンバーは、真琴の変化を感じ取っていた。
言葉にはしないけれど、みんなの目が、次のライブに向けての強い意志を語っている。

   ◇◇

「Beat Cellar」――久しぶりのライブハウス。
 観客の熱気が高まる中、真琴たちはステージに上がった。
 その瞬間、メンバーの気持ちがひとつになるのを感じた。
 ――大丈夫。今日の私たちなら、最高のライブができる。

 詩音がマイクを握る。
「Beat Cellarのみんなー! 今日も盛り上がる準備はできてるー!」
「おおおおーっ!」
 客席から歓声が返る。

 真琴はスティックを握り、メンバーを見渡した。
(いくぞ――!)
 そして、バンドの音が、ライブハウスに響き渡った。

 ドラムのビートが走り出す。ギターとベースが重なり、詩音の歌声が響く。
 真琴は、いつも以上にかっこよかった。
 MCも、パフォーマンスも、完全に"王子様"だった。

 でも、それはもう、無理に作ったものではなかった。
 "ステージはステージ" と割り切ったことで、迷いがなくなり、吹っ切れたのだ。
 真琴が吹っ切れたことで、バンド全体のパフォーマンスも、自然と引き上げられた。

 詩音はいつも以上に観客を煽る。
「もっと声出してー!」と煽ると、客席から大きな歓声が返る。

 樹里は、ノリに乗ってギターをかき鳴らす。ソロも決まり、アドリブも冴えていた。
 早紀のベースは、ステージを支える土台となり、厚みのあるサウンドを作り上げていた。
 真琴のドラムは、バンドを牽引し、音の流れを作っていく。
 ――これが、私たちの音だ。

 演奏の一体感が増していく。
 バンドの結束が、音に乗り、観客を巻き込んでいく。

 ライブも終盤、最後の曲。詩音が煽る。
「最後の曲、いくよー!!」
 ドラムのカウントが響く。

 真琴はスティックを振り上げ、最後の曲が始まる。
 力強いビートが鳴り響く。
 ギターが、ベースが、ボーカルが――すべてが一つに重なる。

 そして、最後の音が鳴り終わると――
「おおおおおおおおお!!!」
 ライブハウス全体が、大歓声に包まれた。

   ◇◇   

 ステージを降り、メンバーと余韻に浸っていると、
 次に出演するバンドのリーダーが近づいてきた。

「……いいライブだったな」
 真琴が顔を上げると、「Beat Cellar」のトリを務めるバンドのリーダーが立っていた。
「バンドとしての一体感がすごかったよ」
 その言葉に、詩音が嬉しそうに微笑む。
「いやぁ、最高のライブだったもんね!」
 樹里は満足げにギターを肩にかけ直す。

「演奏の迫力もそうだけど、何よりお前ら、楽しそうにやってたよな。音楽って、そういうのが大事だろ?」
「……楽しそう、か」
 真琴は思わず呟いた。
 たしかに……今までで一番、自然に楽しめたライブだったかもしれない。

「俺たちも、気合入れないとヤバいな」
 バンドリーダーは、そう言って拳を軽く握る。
「いい刺激もらったよ。お互い、最高のライブしようぜ」
「……ああ!」

 真琴は、バンドメンバーと目を合わせながら力強く応えた。
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