いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

再会

 ライブを終え、楽屋で軽く息を整えた後、真琴はそのまま打ち上げに残ることにした。

「やっぱり、戻ってきたな」
 店の奥のカウンターに座る遼が、真琴を見て静かに言った。
 まるで、それが当然だったかのように。
 真琴は、一瞬足を止める。
 ……どれくらいぶりだろう、ここに来るの。

 ライブハウス「Beat Cellar」。
 この場所が好きだったのに、真琴はずっと足を遠ざけていた。
 噂を気にして、遼に迷惑がかかることを恐れて――。

 でも、今日はもうそんなことを考えていない。
 真琴は軽く息を吐き、カウンターの隣の席に腰を下ろした。
「……なんだよ、それ」
 冗談めかして言うと、遼は肩をすくめた。
「お前なら、絶対ここに戻ってくるって分かってた」

 さらっと言われたその言葉に、真琴は思わず聞き返す。
「そんなに自信あったの?」
「そりゃな」

 遼は、グラスを軽く傾けながら、当たり前のように続けた。
「思ってた通り、今日のお前、最高だった」
「……え?」
 予想していなかった言葉に、一瞬息をのむ。
 遼は、特に気負うこともなく淡々と言葉を続けた。
「ドラム、すげぇよかった。リズムのキレも、バンドを引っ張る力も」

 氷がグラスの中でカランと音を立てる。
「でも、それ以上に……」
 遼は真琴をじっと見つめる。
「めちゃくちゃ楽しそうだった。迷いがなくなったんだろ?」

 全部見抜かれてる。真琴はギュッと拳を握る。

「私、ちゃんと吹っ切れたよ」
 そう素直に言うと、遼は満足げに微笑んだ。
「そりゃ、いいことだ」

 グラスを軽く持ち上げる仕草が、どこか優しい。
「で、お前、これからもライブやるんだろ?」
「もちろん。"桜影" は、まだまだこれからだよ」
 真琴は迷いなく頷いた。

「……いいね」
 遼は、それ以上何も言わなかった。
 でも、その表情から、「お前らなら大丈夫」と言ってくれているのが分かった。

 真琴は、グラスを取って、一口飲み、カウンターの奥に目をやった。
「ねぇ、マスター」
「ん?」
「なんか、甘いものある?」
「お、来たねぇ。ライブ後の糖分補給?」
「そういうの、必要でしょ?」

 マスターは笑いながら、チョコレートケーキを出してくれた。真琴はフォークを手に取る。
 その様子を、遼は黙って見ていた。

「……何?」
「いや」
「なんか言いたそうじゃん」

 遼は、ふっと小さく笑う。
「いや、やっぱお前はこうじゃないとな、って思っただけ」
 その言葉に、真琴は少しだけ頬を赤らめる。

 でも、不思議と悪い気はしなかった。
 真琴は戻ってきた。
 そして――遼も、ずっとここで待っていてくれた。
 もう、逃げる理由なんてないよな。

 真琴は、そう思いながら、チョコレートケーキをひと口食べた。
 甘さが、いつもより少しだけ心地よく感じた。
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