いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

自然体への第一歩

 真琴は、軽音部の部室でバンドメンバーの前に立ち、深く息を吸い込んだ。

 ステージでは王子様として振る舞う。
 でも、ステージを降りたら、私は私でいる。
 それを、ようやく自分で選べるようになった。
「私、決めた。ステージでの王子様はやめない。でも、ステージを降りたら、もう演じるのはやめる。自然体に戻るよ」

 静寂が落ちた。
 最初に反応したのは、樹里だった。
「……マコっちゃんがそう決めたんなら、協力するよ」
 口調はいつも通りのサバサバしたものだったが、その言葉には信頼があった。
 ああ、樹里はこういうやつだよな。

 真琴は少し笑って、目を詩音へと向けた。
 詩音は、一瞬驚いたようだったが、すぐに目を閉じ、深くうなずいた。
「……うん」
 ただそれだけだった。でも、それだけで十分だった。
 彼女の表情は、まるで 「伝わった」 と言っているようで、感謝の気持ちがこもっているのが分かった。
 真琴は、一番最初に「ステージと日常を切り分けること」の大切さを示してくれたのは、詩音だったと改めて実感した。

 そして、早紀が静かに口を開いた。
「私たちも、自然に振る舞うことが大事よ」
 彼女の落ち着いた声が、すとんと真琴の胸に落ちた。

 そうだ。私たちが無理をやめれば、周りも自然に変わっていく。

 バンドメンバーは、王子様キャラの真琴も、素の真琴も知っていた。
 だからこそ、特に驚きもせず、"ようやく決めたんだな" という空気だった。

   ◇◇

 その日から、真琴は軽音部内では自然に振る舞うようになった。バンドメンバーとのやり取りは、今までと何も変わらない。
 でも、真琴の中での感覚は少し違っていた。
 今までは、どこか無意識に王子様でいなきゃって思っていた。

 力を抜いて、飾らずに話す。
 ふざけるときはふざけて、疲れたときは素直に「疲れた」と言う。
 そんなやり取りが、バンドメンバーだけでなく、軽音部の空気全体に広がるのには、時間はかからなかった。

「真琴先輩、なんか最近、すごくいい感じですね!」
 ある後輩がそう言ってくれたとき、真琴は「ああ、これでいいんだ」と心の底から思えた。
 そうして、真琴は 「王子様としての私」も「自然体の私」も受け入れながら、前に進む決意を固めた。
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