いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

新たな問題

 軽音部内では、真琴が自然体でいることに誰も違和感を抱かなくなった。
 バンドメンバーをはじめ、後輩たちも「王子様でいなくても、真琴先輩はかっこいい」と受け入れ始めていた。

 しかし——軽音部の外では、違った。

 ある日の昼休み、廊下を歩いていると、後輩たちのひそひそ話が耳に入った。
「真琴先輩、なんか最近おとなしくなったと思わない?」
「うん。なんか、前みたいにキリッとしてなくない?」
「まさか……男の影響?」

 その言葉に、真琴は思わず足を止めた。
 ……なんだ、それ。
「男の影響?」
「私が変わったのは、遼のせい?」

 真琴が今、自然体でいることは、ただ「無理をしなくなっただけ」のはずだった。
 けれど、王子様キャラを続けてきたせいで、少しでも変化があれば 「何か理由がある」 と捉えられてしまう。
 そうか……私が "自然体" に戻ったことが、逆に "変化" だと思われてるのか。

 まさか、こんな形で"王子様の彼氏問題"が再燃するとは思わなかった。

   ◇◇

 数日後、真琴は校内でさらにざわつきを感じるようになった。
 遠巻きに話している後輩たちの視線を感じる。
 噂が、また広がり始めていた。

「やっぱり男だよね? だって、あのライブハウスの人……」
「遼さんっていうんでしょ? 技術系のすごい大学生で、バンドの機材とか詳しいらしいよ」
「なんでそんな人と知り合いなの?」
「ていうか、真琴先輩って……やっぱり彼氏持ちなの?」

 真琴の中に、じわじわと嫌な感覚が広がった。
 ……またか。

 前にもこんなことがあった。
 後輩たちは、「王子様である真琴」が恋愛することに動揺し、噂を広めた。
 そして今回も、「真琴がおとなしくなったのは、遼の影響だ」 という憶測が独り歩きしている。

「私は、変わったわけじゃない。ただ、無理をしなくなっただけなのに」
でも、周囲の目には、それが 「恋をして変わった」 という風に映ってしまう。

   ◇◇

 その日の放課後、軽音部の部室。
 いつも通りバンドの練習を終え、機材を片付けながら、真琴はぽつりと口を開いた。

「なあ……」
 その声色が少し沈んでいるのに、樹里がすぐ気づいた。
「ん? どした?」
「……噂がまた広がってる」

 その言葉に、詩音と早紀も手を止めた。
「噂?」
「"真琴先輩、最近おとなしくなった" とか、"男の影響じゃないか" とか」
 その言葉に、樹里は思わず苦笑した。
「は? 何それ。なんで男の影響って発想になるん?」
「"王子様が変わるなんて、普通の理由じゃない" って思われてるんだよ」
 真琴は、自嘲気味に笑う。
「私にとっては、ただ"無理をやめただけ"なんだけどな」

 詩音が静かにうなずいた。
「……確かにね。今までずっと王子様だったから、"普通" に戻るのが、みんなにとっては"異変"に見えるのかも」
 早紀が冷静に分析する。
「つまり、"真琴は王子様だからこそ、強くてかっこよかった" って思ってる人がいるってことね」
「そう。でも、それは違うんだ」
 真琴は、拳をぎゅっと握った。

「私は、王子様でいることが強さじゃない。無理をしなくても、私は私のままでかっこよくいられるはずなのに」
 その言葉を聞いて、樹里がニヤッと笑う。
「ほら、それが分かってるなら大丈夫っしょ」
「……え?」
「そいつらが何言おうとさ、ウチらは知ってるし。真琴は真琴のままで、十分かっこいいって」

 真琴は、驚いたように樹里を見る。
 ……そうか。

 バンドメンバーは、何も疑わず、真琴の変化を受け入れてくれた。
 それは 「王子様キャラがあるかないか」は関係なく、真琴自身を見てくれているからだった。

   ◇◇

 その夜、真琴は「Beat Cellar」へ向かった。
 久しぶりに遼と向かい合い、ぽつりと呟く。
「……やっぱり、噂って簡単に広がるんだな」
 遼は、いつものように淡々とグラスを傾けながら答えた。
「また言われてるのか?」
「うん。"真琴は男の影響で変わった" って」
 遼は少しだけ眉を上げたが、特に驚いた様子もなかった。
「それで?」
「……前みたいに、私が王子様を続けてたら、こんなことにならなかったのかなって」

 その言葉に、遼は静かに微笑んだ。
「そう思うなら、戻るか?」
「……いや」
 真琴は、すぐに首を振った。
「私は、もう無理しないって決めたから」

 遼は、少しだけ満足そうに頷いた。
「じゃあ、それでいいんじゃないか」

 そのシンプルな言葉に、真琴は少しだけ肩の力が抜けた。
 ……そうだ。私は、もう戻るつもりなんてないんだ。
 バンドメンバーはすでに受け入れてくれている。軽音部の中でも、自然体でいることが普通になりつつある。

 あとは——軽音部の外の人間にも、それを見せていくだけだ。
 私は、変わったんじゃない。
 私が自分自身に戻っただけ。

 そのことを、堂々と示すために。
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