いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

夏フェスに向けて

「……決まったよ」
 真琴がそう言うと、部室の空気が一瞬だけ静まった。
「Beat Cellarの推薦で、夏のバンドフェスに出ることになった」
「マジで!?」
 詩音がぱっと顔を輝かせる。
「うわーっ、やばい! 楽しみだぁ!!」
 両手を挙げて飛び跳ねながら、全身で喜びを表現する。
「フェスでライブなんて、最高じゃん!」
「まぁな」

 真琴も、フェスの出演が決まったこと自体は嬉しい。
 自分たちも Beat Cellarでライブをしてきた し、ステージの経験もそれなりにある。
 でも、このフェスは明らかに規模が違う。

 ライブハウスで活躍し、すでに多くの固定ファンを持つバンドばかりが集まる。
 観客の数も、普段のライブとは比べものにならないほど多い。

 しかも、噂はいまだ全然沈静化していない。
 フェスとなれば、桜陽女子高から来る観客の中には、彼女のことを "王子様" ではなく、 "噂の人" として見に来る人もいるかもしれない。

「……正直、どう思う?」
 真琴がぽつりと尋ねると、樹里が即答した。
「なにが?」
「噂のこととか……このフェスのこととか」
 樹里は呆れたように鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「騒ぐやつは騒がせとけばいい。こっちは音で黙らせりゃいいんよ」
 そして、ギターを軽くポロンと鳴らしながら、にやりと笑う。
「いつも通り、最高の演奏すればいい。それだけやろ?」
 彼女の言葉は、どこまでもシンプルで力強い。

 真琴は、その言葉にどこか安心する。
 大事なのは、周りがどう見るかじゃない。自分たちが、どう演奏するか。
 すると、早紀が静かに口を開いた。
「あとは、信じるだけよ」
 その言葉に、真琴が早紀を見た。
「私たちが積み重ねてきた音をね」
 穏やかだけれど、芯の強さを感じさせる声だった。

 詩音が再び楽しそうに笑う。
「大丈夫、大丈夫。フェスでライブなんて、楽しみだぁ!」
 彼女の無邪気な笑顔を見て、真琴の迷いは自然と消えていった。

 このフェスは、"試される場" かもしれない。
 でも、それ以上に "自分たちの音楽を届ける場" なんだ。
「よし、最高のライブしよう」

 真琴の言葉に、バンドメンバー全員が力強くうなずいた。
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