いつまでも、夢見せる王子じゃいられない
マスターに挨拶
真琴は久しぶりにBeat Cellarを訪れた。
中はまだ営業前で、照明は落とされている。だが、カウンターの奥ではマスターが準備をしていた。
「お、真琴じゃねぇか」
マスターはグラスを拭きながら、軽く手を挙げた。
「どうした? バンドの準備は順調か?」
「はい。まあ、なんとか……それより、推薦してくれてありがとうございました」
真琴はカウンターに歩み寄り、頭を下げる。
「マスターのおかげで、フェスに出られることになりました」
「お前らの実力なら、当然だろ」
マスターは淡々と言いながらも、どこか誇らしげだった。
「でもな——あのフェスはレベルが高いぞ」
グラスを置き、真琴に目を向ける。
「今までのライブと同じつもりでやると、飲み込まれる。しっかりやれよ」
「……はい」
フェスに出ることが決まってからずっと、どこか漠然とした緊張感があった。Beat Cellarでのライブは何度も経験している。でも、今回のフェスは規模もレベルもまったく違う。
自分たちは、本当にあの場で通用するのか——。
「……緊張してんのか?」
唐突に声をかけられ、真琴は少し驚いた。
カウンターの奥、テーブルに片肘をついて、雑誌をめくっていた遼がこちらを見ていた。
彼は特に興味なさそうにページをめくりながら、もう一度言う。
「フェス、楽しみじゃねぇの?」
「……まあ……してるって言ったら、ちょっとはしてるかも」
真琴は正直に答えた。
「へぇ」
遼は雑誌を閉じ、軽く背伸びをする。
「お前でも緊張することあるんだな」
「そりゃするよ」
「意外」
からかうように言うでもなく、ただ淡々とそう言われた。
「でも、やるしかないしね」
真琴は、いつものように気を引き締めようとした。
だが、遼はあっさりと言った。
「まあ、お前なら大丈夫だろ」
その一言に、真琴は言葉を失った。
マスターにも「しっかりやれよ」と言われたし、バンドのメンバーも気合いを入れていた。
でも、遼はただ「大丈夫」と言った。
「……なんで?」
無意識に口をついて出る。
遼は、少し考えるように視線を泳がせた後、当たり前のように答えた。
「そりゃ、お前の演奏、何度も聞いてるからな」
「……」
「下手なやつなら、最初から推薦されてねぇよ。」
遼はそう言うと、興味がなさそうにまた雑誌を開く。
真琴は、ぽかんとしながら、どこか胸の奥が温かくなるのを感じた。
……なんでだろう、遼に言われるとすっと落ち着く。
そんな自分が少し不思議だった。
「ま、フェスではせいぜい暴れてこいよ」
遼はそう言って、軽く手を振った。
「はいはい」
真琴は苦笑しながら、カウンターを離れた。背後でマスターが笑うのが聞こえた。
「お前、ほんと口数少ねぇな、遼」
「必要なことしか言わないだけっすよ」
真琴は扉を開けながら、小さく笑った。
緊張は消えたわけじゃない。
でも、少しだけ、軽くなった気がした。
中はまだ営業前で、照明は落とされている。だが、カウンターの奥ではマスターが準備をしていた。
「お、真琴じゃねぇか」
マスターはグラスを拭きながら、軽く手を挙げた。
「どうした? バンドの準備は順調か?」
「はい。まあ、なんとか……それより、推薦してくれてありがとうございました」
真琴はカウンターに歩み寄り、頭を下げる。
「マスターのおかげで、フェスに出られることになりました」
「お前らの実力なら、当然だろ」
マスターは淡々と言いながらも、どこか誇らしげだった。
「でもな——あのフェスはレベルが高いぞ」
グラスを置き、真琴に目を向ける。
「今までのライブと同じつもりでやると、飲み込まれる。しっかりやれよ」
「……はい」
フェスに出ることが決まってからずっと、どこか漠然とした緊張感があった。Beat Cellarでのライブは何度も経験している。でも、今回のフェスは規模もレベルもまったく違う。
自分たちは、本当にあの場で通用するのか——。
「……緊張してんのか?」
唐突に声をかけられ、真琴は少し驚いた。
カウンターの奥、テーブルに片肘をついて、雑誌をめくっていた遼がこちらを見ていた。
彼は特に興味なさそうにページをめくりながら、もう一度言う。
「フェス、楽しみじゃねぇの?」
「……まあ……してるって言ったら、ちょっとはしてるかも」
真琴は正直に答えた。
「へぇ」
遼は雑誌を閉じ、軽く背伸びをする。
「お前でも緊張することあるんだな」
「そりゃするよ」
「意外」
からかうように言うでもなく、ただ淡々とそう言われた。
「でも、やるしかないしね」
真琴は、いつものように気を引き締めようとした。
だが、遼はあっさりと言った。
「まあ、お前なら大丈夫だろ」
その一言に、真琴は言葉を失った。
マスターにも「しっかりやれよ」と言われたし、バンドのメンバーも気合いを入れていた。
でも、遼はただ「大丈夫」と言った。
「……なんで?」
無意識に口をついて出る。
遼は、少し考えるように視線を泳がせた後、当たり前のように答えた。
「そりゃ、お前の演奏、何度も聞いてるからな」
「……」
「下手なやつなら、最初から推薦されてねぇよ。」
遼はそう言うと、興味がなさそうにまた雑誌を開く。
真琴は、ぽかんとしながら、どこか胸の奥が温かくなるのを感じた。
……なんでだろう、遼に言われるとすっと落ち着く。
そんな自分が少し不思議だった。
「ま、フェスではせいぜい暴れてこいよ」
遼はそう言って、軽く手を振った。
「はいはい」
真琴は苦笑しながら、カウンターを離れた。背後でマスターが笑うのが聞こえた。
「お前、ほんと口数少ねぇな、遼」
「必要なことしか言わないだけっすよ」
真琴は扉を開けながら、小さく笑った。
緊張は消えたわけじゃない。
でも、少しだけ、軽くなった気がした。