いつまでも、夢見せる王子じゃいられない
初めての打ち上げ
ライブが終わると、ステージの熱気はそのままに、出演したバンドのメンバーたちが打ち上げのためにライブハウスの奥へと流れていった。
普段なら、真琴はこういう場には参加しない。
高校生ということもあるし、何より"王子キャラ"として視線を浴び続けるのが少し鬱陶しかったからだ。
けれど、今日は違った。
「……ちょっとだけ、残ってみるか」
遼と話したかった。
それが自分でも驚くほど、自然な気持ちだった。
◇◇
店の奥のテーブルでは、社会人バンドのメンバーやライブハウスのスタッフたちがビールジョッキを交わし、談笑している。
アルコールが飲めない高校生の真琴は、ソフトドリンクを片手に端の席に座っていた。
そこへ、遼がふらりと近づいてきた。
彼の手には、琥珀色の液体が注がれたグラス――だが、よく見るとウーロン茶だ。
「飲まないのか?」
「そりゃ飲まないよ。まだ20歳になってないし」
「そっか」
遼は特に気にする様子もなく、向かいの席に腰を下ろした。
そして、ふと真琴を見つめながら、何気ない口調で言った。
「お前、いいドラム叩くよな」
「……え?」
思わぬ言葉に、真琴は思わずグラスを持つ手を強く握る。
「しっかり詩音ちゃんの歌を引き立ててる。出る引くのタイミングとか、リズムの作り方とか……ちゃんと"支える"ドラムだよな」
真琴の心臓がドクンと鳴った。この人、ちゃんと見てる……
真琴は今まで、クールな見た目と華やかなパフォーマンスで、歓声を浴びる存在として見られてきた。
でも、バンドリーダーとして、本当に大事にしていたのは、そういう"表に出る部分"じゃなかった。バンドの音のバランスを考え、詩音の歌を際立たせること。樹里のリードやコード進行を支え、早紀とリズムを調和させ、演奏を"形にする"こと。
それを、遼は見抜いている。
「……驚いた?」
「いや……なんか……嬉しい」
真琴は素直にそう呟いた。
遼は軽く口角を上げると、グラスを持ち上げた。
「まあ、そういうのを意識できるやつは、そう多くないからな」
遼の言葉は、まるで当たり前のことを話しているように淡々としていた。
でも、それが真琴には心地よかった。
彼は、ただの"機材に詳しいやつ"じゃない。
本質を見抜く目を持っている。
そして、それを特に誇るわけでもなく、さらりと言葉にする。
真琴はふと、自分の手を見た。
スティックを握りしめ、何度も練習してきたこの手。
"王子様"としてではなく、"バンドのドラマー"として、遼はその価値を認めてくれた。
もっと話してみたい、そんな感情が、自然と湧き上がる。
「ねぇ、遼って、どんな風に音楽を見てるの?」
気づけば、真琴は遼に問いかけていた。
"柊 遼"という人間に、もっと触れてみたくなった。
遼は少し考えるようにグラスの縁を指でなぞり――
「建築も音楽も、似たようなもんだよ」
そう、ぽつりと呟いた。
「……え?」
「いい音楽ってのは、バランス、支え、流れ……全体が噛み合って初めて機能する。空間をデザインする建築も同じ。見た目だけじゃなく、構造がしっかりしてないと成り立たない」
「……」
真琴はその言葉を反芻した。建築と、音楽……思ってもみなかった発想だった。
でも、言われてみれば確かにそうかもしれない。音楽も、誰かが目立つだけじゃダメだ。
全体のバランスがあってこそ、一つの"形"になる。
「だから、お前のドラムを見てて、ちょっと面白いなって思った」
「……なんで?」
「お前のドラムは、まるで"設計された建築"みたいにバンドを支えてる。無駄がなくて、ちゃんと機能してる」
「……!」
また、胸が高鳴った。
私の演奏を、そんな風に捉える人がいるなんて。
「……建築か」
真琴が思わず口にすると、遼は少し笑った。
「意外だった?」
「いや……なんか、すごくしっくりきた」
そう答えながら、真琴はふと気づいた。
遼の声、表情、言葉の選び方――全てが、"自分をよく見ている人間"のものだった。
王子キャラでもなく、ステージの華やかな存在でもなく。
一人のドラマーとして、バンドを支える存在として。
それを認めてくれる遼に、真琴は惹かれ始めていた。
普段なら、真琴はこういう場には参加しない。
高校生ということもあるし、何より"王子キャラ"として視線を浴び続けるのが少し鬱陶しかったからだ。
けれど、今日は違った。
「……ちょっとだけ、残ってみるか」
遼と話したかった。
それが自分でも驚くほど、自然な気持ちだった。
◇◇
店の奥のテーブルでは、社会人バンドのメンバーやライブハウスのスタッフたちがビールジョッキを交わし、談笑している。
アルコールが飲めない高校生の真琴は、ソフトドリンクを片手に端の席に座っていた。
そこへ、遼がふらりと近づいてきた。
彼の手には、琥珀色の液体が注がれたグラス――だが、よく見るとウーロン茶だ。
「飲まないのか?」
「そりゃ飲まないよ。まだ20歳になってないし」
「そっか」
遼は特に気にする様子もなく、向かいの席に腰を下ろした。
そして、ふと真琴を見つめながら、何気ない口調で言った。
「お前、いいドラム叩くよな」
「……え?」
思わぬ言葉に、真琴は思わずグラスを持つ手を強く握る。
「しっかり詩音ちゃんの歌を引き立ててる。出る引くのタイミングとか、リズムの作り方とか……ちゃんと"支える"ドラムだよな」
真琴の心臓がドクンと鳴った。この人、ちゃんと見てる……
真琴は今まで、クールな見た目と華やかなパフォーマンスで、歓声を浴びる存在として見られてきた。
でも、バンドリーダーとして、本当に大事にしていたのは、そういう"表に出る部分"じゃなかった。バンドの音のバランスを考え、詩音の歌を際立たせること。樹里のリードやコード進行を支え、早紀とリズムを調和させ、演奏を"形にする"こと。
それを、遼は見抜いている。
「……驚いた?」
「いや……なんか……嬉しい」
真琴は素直にそう呟いた。
遼は軽く口角を上げると、グラスを持ち上げた。
「まあ、そういうのを意識できるやつは、そう多くないからな」
遼の言葉は、まるで当たり前のことを話しているように淡々としていた。
でも、それが真琴には心地よかった。
彼は、ただの"機材に詳しいやつ"じゃない。
本質を見抜く目を持っている。
そして、それを特に誇るわけでもなく、さらりと言葉にする。
真琴はふと、自分の手を見た。
スティックを握りしめ、何度も練習してきたこの手。
"王子様"としてではなく、"バンドのドラマー"として、遼はその価値を認めてくれた。
もっと話してみたい、そんな感情が、自然と湧き上がる。
「ねぇ、遼って、どんな風に音楽を見てるの?」
気づけば、真琴は遼に問いかけていた。
"柊 遼"という人間に、もっと触れてみたくなった。
遼は少し考えるようにグラスの縁を指でなぞり――
「建築も音楽も、似たようなもんだよ」
そう、ぽつりと呟いた。
「……え?」
「いい音楽ってのは、バランス、支え、流れ……全体が噛み合って初めて機能する。空間をデザインする建築も同じ。見た目だけじゃなく、構造がしっかりしてないと成り立たない」
「……」
真琴はその言葉を反芻した。建築と、音楽……思ってもみなかった発想だった。
でも、言われてみれば確かにそうかもしれない。音楽も、誰かが目立つだけじゃダメだ。
全体のバランスがあってこそ、一つの"形"になる。
「だから、お前のドラムを見てて、ちょっと面白いなって思った」
「……なんで?」
「お前のドラムは、まるで"設計された建築"みたいにバンドを支えてる。無駄がなくて、ちゃんと機能してる」
「……!」
また、胸が高鳴った。
私の演奏を、そんな風に捉える人がいるなんて。
「……建築か」
真琴が思わず口にすると、遼は少し笑った。
「意外だった?」
「いや……なんか、すごくしっくりきた」
そう答えながら、真琴はふと気づいた。
遼の声、表情、言葉の選び方――全てが、"自分をよく見ている人間"のものだった。
王子キャラでもなく、ステージの華やかな存在でもなく。
一人のドラマーとして、バンドを支える存在として。
それを認めてくれる遼に、真琴は惹かれ始めていた。