いつまでも、夢見せる王子じゃいられない

王子様に、彼氏疑惑

 翌日・桜陽女子高
 朝の教室は、いつもと同じざわつき。
 席につくと、隣の クラスメイト がスマホを弄りながら何気なく言った。
「ねぇ、真琴って昨日ライブハウス行ってた?」
「え?」
 思わず顔を上げると、クラスメイトは興味津々といった様子で続ける。
「なんか、"男の人と一緒にいた" って聞いたんだけど?」
「……」

 ああ、やっぱり。無関係ではないと思っていた。
 昨日のことが、誰かの目に留まっていたなら、こうなるのは予測がつく。
「別に普通に話してただけだけど?」
 そう答えると、クラスメイトはニヤリと笑った。
「へぇ~、彼氏?」
「違う」
 即答したが、何かモヤモヤする。

「でも、すごく仲良さそうだったって聞いたけど?」
「……」
 こういうのは、本当に面倒くさい。
 たった数分、会話を交わしただけで "仲がいい" だの "彼氏か" だの、勝手な噂が作られていく。
 真琴は、そういうのが嫌で、あんまり外では誰かと一緒にいたくなかったのだ。

「まあ、どうでもいいけどさ」
 クラスメイトはスマホを見ながら軽く言った。
「でも、"王子様に彼氏疑惑" って、ちょっとしたニュースかもね」
「……」

 その一言が、妙に引っかかった。今までの何気ないやりとりが、途端に重たくなる。
「王子様に、彼氏疑惑」
 そうか、そう来るか。

   ◇◇

 昼休み。
 食堂の隅のテーブルに向かうと、すでに樹里、詩音、早紀が座っていた。
 視線を上げた瞬間、樹里がニヤリと笑う。

「来た来た、"昨日の話題の人"」
「……何の話?」
「もう学校中噂になってるぞ。"桜陽の王子様、ついに熱愛発覚!?" ってな」
「はぁ?」

 思わず頭を抱えた。
「まじで誰だよ、それ言い出したの」
「さあな? でも、ライブハウスにいた後輩たちの間ではもう広まってるみたいだぜ?」
「……なんでそんなに拡散力あるの」
「そりゃ、"桜陽の王子様" に関わることだからじゃね?」
「……」

 "桜陽の王子様" に、男の影が見えるなんて、ファンの子たちは受け入れないだろう。
 けれど、そんな真琴の気持ちを見透かしたように、詩音が口を開いた。
「でもさぁ……真琴があの遼さんとつながってるって、考えようによっちゃすごくない?」
「……何が?」
「だって、遼さんって "東京技術大学の建築学科" にいて、すでに"一級建築士" の資格持ってて、将来有望な天才じゃん?」
「うんうん。しかも音響設備とかライブハウスの設計にも興味あるって話でしょ?」
 早紀も静かに頷く。
「確かに "王子様" に彼氏疑惑って話が独り歩きしてるけどさ、それが "超エリート建築家の卵" ってなると、むしろ"憧れ" に変わるんじゃない?」

「は?」
「つまり、"真琴先輩の隣に立てる男って、そんなすごい人じゃなきゃ無理なんだ" って方向に噂が転がる可能性もあるってこと」
詩音の言葉に、真琴は唖然とした。
そんな考え方あるのか……?

「だって、もし真琴が"普通の男子高校生"と付き合ってるって噂なら、それこそ騒がれるけど」
 詩音はグラスのストローをくるくる回しながら続ける。
「相手が遼さんなら、"あー、そりゃ仕方ない" ってなるんじゃない?」
「……なんでそんなに妙に納得してんの」
「だって、遼さんって"めちゃくちゃすごい男"じゃん? 顔も悪くないし、落ち着いてて、頭も良くて、しかもライブハウスの音響とかにも詳しくて ……って、冷静に考えてハイスペすぎじゃない?」
「……」

 確かに遼はすごい。それは、真琴も分かってる。
 でも――そんなふうに思われるのも、なんか違う気がする。

   ◇◇

「まぁ、気にしなくていいんじゃね?」
 樹里があっさり言う。
「でも……」
「 マコっちゃんがどーしたいか、じゃね?」
 樹里の言葉に、真琴は一瞬言葉を失う。
「私が……どうしたいか」
「ウチら以外のヤツが何言おうが、関係なくね? マコっちゃんがどーしたいか、それだけでしょ?」
「……」

 詩音が言っていたことを、ふと思い出す。
「王子様が"年上の彼氏持ち"になったら、それなりにショックを受ける子もいそうだよね」
 そのときは「まぁ、そうかもな」くらいにしか思っていなかった。
 でも――もし、本当にそうなったら……
 私は "桜陽の王子様" じゃ、いられなくなるかも。
 でも、それよりも――"王子様" じゃなくなった私の隣に、あの人がいたら?
 そんな想像をすると、胸がドキドキする。

 だって、まだ何も始まってない。
 なのに、"彼氏" なんて単語が頭をよぎるなんて。

 違う、違う。遼とは、ただの知り合いで……いや、そもそも"ただの知り合い"って、どんな関係?
 彼のことをもっと知りたいし、また会いたいと思う。それって……

 思考がそこまでたどり着いて、慌ててスプーンを握りしめた。
 そんなの、まだ考えることじゃない。
 真琴は、スプーンを握りしめたまま、小さく呟いた。
 壊したい気持ちもあるくせに、崩れるのが怖い。そんな中途半端な自分が、一番嫌だ。

 詩音がふと、真琴の表情を覗き込んだ。
「大丈夫だよ、真琴」
「……」
「だって、"王子様" じゃなくても、私たちはずっと真琴の味方だから」
「……っ」

 胸の奥が、少しだけ、温かくなった。
 私は、どうしたい。自分の気持ちが、分からなかった。
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