いつまでも、夢見せる王子じゃいられない
後輩たちの羨望と嫉妬
部室のドアを開けると、詩音がすでに待っていた。
腕を組みながら、どこか含みのある笑みを浮かべている。
「ねぇ真琴、ちょっとやばいかもよ?」
「……何が?」
「"王子様の彼氏疑惑" 、ますます盛り上がってるよ」
真琴はスティックケースを置きながら、眉をひそめた。
「まだそんな話してるの?」
「うん。しかも、今度は相手の正体までバレちゃったみたい」
「……っ!」
一気に心臓が跳ねる。
「……誰が?」
「後輩たちのネットワーク、侮れないね。どうやら、真琴がライブハウスで親しげにしてた人ってことで、"柊遼" って名前まで特定されちゃった」
詩音は軽く肩をすくめる。
「でね、これがまた賛否両論らしくてさ――」
詩音は、少し誇張した口調で続ける。
「まず、"さすが王子様! 彼氏もハイスペック!" って、むしろ喜んでる子たち」
「……」
「ほら、遼さんって、"東京技術大学" で、かっこよくって、"将来有望な天才" でしょ? そんな人が相手なら、"王子様の彼氏にふさわしい" って思う子もいるらしいよ」
「……はぁ?」
思わず、ため息が出た。
「意味わかんない。"王子様の彼氏にふさわしい" って、なんなの?」
「私に聞かないでよ。でもまぁ、そんな感じで納得してる子たちがいるのも事実」
詩音はそう言ってから、少し顔を曇らせた。
「……で、もうひとつの反応がちょっと厄介なんだよね」
「厄介?」
「"私の真琴を取られたくない!" って本気で思ってる子たち」
……やっぱり。
「"王子様はみんなのもの" って思ってる子たちにとっては、"恋愛なんてありえない" って感覚らしいよ」
「……」
「中には、遼さんに対してガチで敵意を持ってる子もいるっぽい」
「……っ」
少しずつ胸がざわついていく。
「で、どうする?」
詩音が軽く訊ねる。
「どうするって……何を?」
「このままほっとけば、遼さんまで巻き込まれるかもよ?」
詩音の言葉が、ズシリと胸に響いた。
遼に、迷惑がかかる……
考えたくなかったことが、現実になり始めている。
「真琴、正直に言ってさ」
「……何?」
「"王子キャラが崩れるのが怖い" のと、"遼さんに迷惑かけたくない" の、どっちが本音?」
「……」
今までずっと、"王子様" を続けるべきかどうかで悩んでいた。
でも、今は――
「……遼に、迷惑をかけたくない」
答えが、自然と出た。
詩音は少しだけ目を細めた。
「そっか。でもさ、それだけ?」
「……え?」
「遼さんに迷惑をかけたくないだけ? 本当に?」
「……」
それだけ、じゃない。詩音の言葉は、無意識に目を背けていた部分を突いてくる。
遼に迷惑をかけたくない。でも、それだけじゃなく――
遼に「王子様の私も、今の私も、どっちも好きだ」って言われたとき、救われた。
誰かに "本当の自分" を受け入れてもらえた気がして、心が楽になった。
それってつまり――。
「……やっぱり、そろそろ認めたほうがいいんじゃない?」
「……っ」
何も言い返せなかった。
「それにさ」
詩音は、少し表情を変えて言う。
「そもそも、なんでこんな噂が広まったと思う?」
「……え?」
「後輩たちが、"王子様が恋愛するなんてありえない" って思ってるからでしょ?」
「……」
「それってさ、真琴が学校でも王子キャラを演じてるからじゃない?」
「……!」
詩音の言葉に、息を呑んだ。
「ステージの上で "王子様" をやるのは分かるよ。私だって、ステージでは演じてるし」
「……」
「でも私は、ステージを降りたら普通の女子高生に戻る。真琴は?」
「……」
「ずっと王子様のままでしょ?」
言われてみれば――確かにそうだ。
真琴は、学校にいても "みんなの王子様" を演じていた。
後輩にキャーキャー言われれば、イケメン俳優のようなスマイルを返し、女の子っぽい姿を見せないよう常に気を張っていた。
そうしなきゃいけないと思っていたし、それを期待されていると思っていたから。
でも……それが、自分を苦しめていたのではないか、真琴は思いを巡らせる。
詩音は、真琴の沈黙を確認すると、静かに言った。
「王子様をやめるかどうかは、真琴が決めればいいと思う」
「……」
「でも、"王子様" のままでいるせいで、勘違いする子たちが出てきてるのも事実だよ。そのこと、ちゃんと考えたほうがいいんじゃない?」
腕を組みながら、どこか含みのある笑みを浮かべている。
「ねぇ真琴、ちょっとやばいかもよ?」
「……何が?」
「"王子様の彼氏疑惑" 、ますます盛り上がってるよ」
真琴はスティックケースを置きながら、眉をひそめた。
「まだそんな話してるの?」
「うん。しかも、今度は相手の正体までバレちゃったみたい」
「……っ!」
一気に心臓が跳ねる。
「……誰が?」
「後輩たちのネットワーク、侮れないね。どうやら、真琴がライブハウスで親しげにしてた人ってことで、"柊遼" って名前まで特定されちゃった」
詩音は軽く肩をすくめる。
「でね、これがまた賛否両論らしくてさ――」
詩音は、少し誇張した口調で続ける。
「まず、"さすが王子様! 彼氏もハイスペック!" って、むしろ喜んでる子たち」
「……」
「ほら、遼さんって、"東京技術大学" で、かっこよくって、"将来有望な天才" でしょ? そんな人が相手なら、"王子様の彼氏にふさわしい" って思う子もいるらしいよ」
「……はぁ?」
思わず、ため息が出た。
「意味わかんない。"王子様の彼氏にふさわしい" って、なんなの?」
「私に聞かないでよ。でもまぁ、そんな感じで納得してる子たちがいるのも事実」
詩音はそう言ってから、少し顔を曇らせた。
「……で、もうひとつの反応がちょっと厄介なんだよね」
「厄介?」
「"私の真琴を取られたくない!" って本気で思ってる子たち」
……やっぱり。
「"王子様はみんなのもの" って思ってる子たちにとっては、"恋愛なんてありえない" って感覚らしいよ」
「……」
「中には、遼さんに対してガチで敵意を持ってる子もいるっぽい」
「……っ」
少しずつ胸がざわついていく。
「で、どうする?」
詩音が軽く訊ねる。
「どうするって……何を?」
「このままほっとけば、遼さんまで巻き込まれるかもよ?」
詩音の言葉が、ズシリと胸に響いた。
遼に、迷惑がかかる……
考えたくなかったことが、現実になり始めている。
「真琴、正直に言ってさ」
「……何?」
「"王子キャラが崩れるのが怖い" のと、"遼さんに迷惑かけたくない" の、どっちが本音?」
「……」
今までずっと、"王子様" を続けるべきかどうかで悩んでいた。
でも、今は――
「……遼に、迷惑をかけたくない」
答えが、自然と出た。
詩音は少しだけ目を細めた。
「そっか。でもさ、それだけ?」
「……え?」
「遼さんに迷惑をかけたくないだけ? 本当に?」
「……」
それだけ、じゃない。詩音の言葉は、無意識に目を背けていた部分を突いてくる。
遼に迷惑をかけたくない。でも、それだけじゃなく――
遼に「王子様の私も、今の私も、どっちも好きだ」って言われたとき、救われた。
誰かに "本当の自分" を受け入れてもらえた気がして、心が楽になった。
それってつまり――。
「……やっぱり、そろそろ認めたほうがいいんじゃない?」
「……っ」
何も言い返せなかった。
「それにさ」
詩音は、少し表情を変えて言う。
「そもそも、なんでこんな噂が広まったと思う?」
「……え?」
「後輩たちが、"王子様が恋愛するなんてありえない" って思ってるからでしょ?」
「……」
「それってさ、真琴が学校でも王子キャラを演じてるからじゃない?」
「……!」
詩音の言葉に、息を呑んだ。
「ステージの上で "王子様" をやるのは分かるよ。私だって、ステージでは演じてるし」
「……」
「でも私は、ステージを降りたら普通の女子高生に戻る。真琴は?」
「……」
「ずっと王子様のままでしょ?」
言われてみれば――確かにそうだ。
真琴は、学校にいても "みんなの王子様" を演じていた。
後輩にキャーキャー言われれば、イケメン俳優のようなスマイルを返し、女の子っぽい姿を見せないよう常に気を張っていた。
そうしなきゃいけないと思っていたし、それを期待されていると思っていたから。
でも……それが、自分を苦しめていたのではないか、真琴は思いを巡らせる。
詩音は、真琴の沈黙を確認すると、静かに言った。
「王子様をやめるかどうかは、真琴が決めればいいと思う」
「……」
「でも、"王子様" のままでいるせいで、勘違いする子たちが出てきてるのも事実だよ。そのこと、ちゃんと考えたほうがいいんじゃない?」