きっと全部、暑さのせい 【1話だけ大賞応募作】


中学三年生の夏。


まだ授業が始まる1時間前だけど、私はすでに教室にいた。今日が特別なわけではなく、毎日同じくらい早い時間に登校している。


なぜなら早朝の学校は静かで、誰にも邪魔されない私だけの時間が流れているようで心が落ち着くから。



──だけど、今日は違った。



「村野たのむ! スガちゃんの宿題みせて!」



お願いします!と、目の前で必死に手のひらを合わせる彼。名前は杉村。


毎日ギリギリに登校する遅刻魔のくせに、なぜか今日は私よりも先に教室にいた。


どうやら1時間目の須賀先生の宿題をやり忘れたらしい。先生はランダムに生徒を当て、宿題の答えを聞いてくるタイプだ。やり忘れたらネチネチと嫌味を言われる。



「1時間目まで時間あるし、今やれば良くない?」


「えー、解くのめんどい」


「……私も見せるのめんどいなー」


「ごめんって! 今日アイス奢るから!」


「こちらがスガちゃんのテストです」



今は7月中旬の真夏。冷房の風がまだ教室全体に行き渡っていないから、私は全力で下敷きを扇いで自分に風を送っていた。


だから杉村の“アイスを奢る”という言葉を聞いた瞬間、私はすぐに宿題のノートを机に広げた。



「バニラの棒アイス、2本ね」


「いやそこは1本だろ……って待て、ノート閉めんな! わかったよ!」



杉村は私と違って、常にクラスの中心にいるような明るい奴だ。中学一年生の冬に席が隣になり、それまでほとんど話したことはなかったけど、気が合ってすぐに仲良くなった。


三年生になった今でも、こうして気軽に言い合える大切な友達だ。



「てかさー、村野ってよく毎日こんな早くに起きられるよな。俺は朝弱いからぜーったい無理」


「まぁ、私は朝強いから。……でも杉村こそ、今日は超早いじゃん。何か予定でもあった?」



訊けば、「まぁ……うん、そんなとこ」と曖昧な返事がきた。


そういえば先週、早く進路調査の紙を出せって先生に怒られていたような────



「わかった。まだ進路調査の紙を提出してなくて、先生に朝呼び出されたんでしょ」


「……見破られたか」



杉村は困ったように笑い、眉尻を下げた。



「進路なぁ……村野の第一志望はA高だっけ?」


「うん、特待生枠も狙ってる」


「えぐ。さすが学年一位様、天才か!」


「はいはい。……杉村はB高?」



ここの中学に通う生徒の大半は、近所のB高に進学する。杉村はお世辞にも頭がいいとは言えないけど、B高の基準なら普通に受かるはずだ。


だけど、杉村はうーんと首を傾げるだけで、結局教えてくれなかった。




「……でもさ、ちょっと寂しいよな」




ぽつりと、彼が小さく呟く。



「せっかく仲良くなったのに、同級生みんなが同じ高校に行くわけじゃないって」



ほんの少しだけ、いつもより低く暗い声。



私は杉村を含め仲の良い友達は数人だけだけど、杉村はコミュ力が高く、色々なクラスにたくさんの友達がいる。


だから余計寂しいのかもしれないな、と珍しく落ち込んでいる様子に納得した。



「……村野は寂しくないの?」


「んー。そりゃ寂しいけど、一生会えないわけじゃないから」


「それはそうだけど……」


「まー安心しなって。杉村とはおじいちゃんになっても遊んであげるから」



そう、何気なく言ったつもりだった。


けれど杉村はひどく驚いたように目を見開いて、視線をあちこちに動かしながら、口をぱくぱくと開閉させている。……コイみたいな顔してどうしたんだろう。



眺めていれば、彼は呆れたようにため息を吐いて、小さく笑った。



「俺、村野のそういうところ好きだよ」


「……は」


「じゃ、そろそろ予定の時間だから行くわ」


「あ、ちょっと待っ」


「村野おっはー! 今日の暑さやばくない? 地球温暖化滅びろ!!」



足早に教室から去っていった杉村と入れ替わるように、他の生徒が入ってきた。


バルス!!と滅びの呪文を叫んでいる彼女は、いつも私の次に朝が早いクラスメイトだった。



「あ、おはよう」


「ねぇ、杉村がいたんだけど珍しすぎない? 遅刻魔のくせに。先生から呼び出しでもくらったんかな」



首を傾げ、私と同じ予想を立てる彼女。



さっきまでの空気なんて、どこにもない。嘘みたいに普段通り。


あいつも照れてなんかいなかったし、きっといつもみたいにふざけて揶揄ってきただけ────




「てか、杉村大丈夫かな」




自分の席に荷物を置いた彼女が、ぼそっと言葉をこぼした。



「大丈夫って……何が?」


「いやーさっきすれ違った時、あいつの顔真っ赤だったから」


「……え」


「今日暑いし、うちらも熱中症には気をつけないとね!」



こんなに近くにいるのに、彼女の声が聞こえづらい。


ふと両手で頬を包み込めば、手が火傷しそうなほど熱かった。



違う、違う。


これは“そういう”やつじゃない。




「ちょ、大丈夫!? 村野も顔真っ赤だよ!?」




熱を帯びた両頬も。


激しく波打つ心音も。



───きっと、全部、暑さのせい。



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