偽りの恋人から一途に愛を注がれています。
 社会人になって仕事がうまく出来ずに落ち込んでいた時、ふと見たアルプスの光景に心を奪われたのだ。

 それから茉莉花は毎日ドイツ語の勉強に励んでいた。いつかスイスで現地の人と話すために――。

 会社で理不尽な目に遭おうとも、目標があるから頑張れたのだ。
 檜山に嫌味を言われても、女性社員からひそひそと後ろ指を指されても、スイスに行くための費用を貯めているのだと思えば耐えられた。


 アプリの設定を開き、明日の勉強時間を一時間長めに設定する。
 そして『今日一日を終了する』というボタンをタップした。

『休息日を作ることも大切ですにゃ。おやすみなさいにゃ』

 茉莉花専用のジト目の白い猫執事が手を振っている。
 タスク完了度に合わせて言葉をくれるようだ。

「ふふっ、ありがとう。おやすみ」

(一日の最後に労ってくれるのが良いんだよねー。台詞も毎日変わるし)

 茉莉花は猫執事のことをとても気に入っていた。



 スマホをベッドの横に置いて目を閉じる。

(今日は散々だったな。帰り道のあれ、不審者だよねぇ。警察に言った方が良いのかな……あれくらいじゃ取り合ってくれないか)

 一抹の不安を抱えながら、茉莉花は眠りについた。



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