偽りの恋人から一途に愛を注がれています。

「ふぅ……」

 会社を出ると、思わずため息が出る。

「なんなのよ、あの人」

 茉莉花には檜山の考えがまるで分からなかった。


 ピコン。

「あ、颯馬さんだ。そっか、連絡するの忘れてた」

 いつもだったら仕事を終わりにすぐ連絡を入れているのだが、不気味な手紙や檜山との会話ですっかり忘れていたのだ。

『お仕事終わりましたか? いつものところで待っています』

 颯馬からのメッセージを見た茉莉花は、慌てて返事を打つ。

『今会社を出ました! すぐ向かいます』


 喫茶店営業日でも絶対に送迎する、という颯馬の強い意志に根負けした茉莉花は、毎日必ず定時で帰るようにしていた。

(颯馬さんのお仕事の邪魔はしたくないもの。でもそのおかげで、仕事も前より効率的になった気がするけど)


 これ以上の迷惑は絶対にかけたくない。
 その気持ちが茉莉花をつき動かしていた。


「早く行こっと」

 待ち合わせ場所は会社から少し離れた場所だ。
 茉莉花はスマホをしまうと、駆け足で颯馬のもとへ向かった。



「お待たせしました。連絡が遅れてすみません」
「こちらこそ、すみません。急がせてしまいましたね。いつも通りの時間なら連絡は必要ないですよ」
「待たせてるのにそんな訳には……」

 茉莉花が乗り込むと、颯馬の車はスムーズに発車する。

「今日は喫茶店も休みですし、買い物して帰りましょうか」
「はい! いつものスーパーで鮭の特売があるので行きたいです」

 茉莉花は不気味な手紙のことも、檜山の不可思議な態度のことも、あっという間に忘れて颯馬とともに買い物を楽しんだ。



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