うしろの正面だーあれ
…が、その手は空を掴むことになってしまった。
目の前の狂乱者は反射神経が良いらしい。
シャッとナイフが空を切る音がして、いとも簡単に避けられてしまった。
バランスを崩した沙良は前のめりになり、両手 両膝をついた。
敵に背を向けるが最後――
沙良はすぐに一喜に顔を向けた。
ピッ・・
「いっ…」
ナイフが、沙良の頬をかすめた。
ツー・・と赤い血が、彼女の滑らかな頬に流れる。
泣きそうになった。
痛いからじゃない。
一喜が…、あの一喜が。
人を傷付けるようになってしまったことが、何より悲しかった。
それ以上に
人を傷付ける程に、彼を傷付けてしまった自分が ひどく憎い。
全ての元凶は、自分。
この状況を造り出してしまったのは、紛れもない自分自身。
沙良は抵抗を止め、どうぞ傷付けてくださいと言わんばかりに静かに立ち上がった。