【警告】決して、この動画を探してはいけません!
◆第十話『開いてしまった扉』
2022年8月16日(火) 午前8時12分/祖母の家
朝食を終えた後、裕也は真っ先にノートPCを開いた。
「さて、動画が再生できるか試してみるか」
私は、彼のその言葉に嫌な予感を覚えた。
「……昨日は開かなかったんだし、やっぱ駄目なんじゃないかな? それに何だか気持ち悪いな」
タケシも不安そうに言うが、裕也はニヤリと笑う。
「一晩経ったし、PCの調子が戻ってるかもしれねぇだろ?」
「生き物じゃないんだから、寝たら治るなんて無いと思うけど……」
私は、あまり気が進まなかった。
(そもそも、見られなかったことがむしろ救いなんじゃ……?)
そんな思いを抱きながらも、私は二人の後ろで腕を組み、裕也の操作を見守る。
裕也はカメラのSDカードをPCに差し込み、フォルダを開く。
狒々の映った動画ファイルを選択し——クリックした。
「エラーが出ない。良し、開くぞ」
タケシが息を呑む。
私は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「おい、マジかよ……昨日は開かなかったのに……」
裕也は興奮した様子で再生ボタンを押した。
――――撮影用カメラで撮った動画再生(ノートPC画面)
2022年8月15日(月) 20:20/社の内部
撮影者:山下夏美
カメラが社の中を映す。
目隠しをされたまま、一定のリズムで念仏を唱えている。
「おお、ちゃんと撮れてんじゃん!」
タケシが安堵の声を漏らした。
その時——
「ちょっと、夏美ー!」
家の奥から、母の声がした。
「はーい。ちょっと待って」
私は、PC画面から視線を外し、立ち上がった。
2022年8月16日(火) 午前8時14分/廊下
私は部屋を出て、廊下を歩きながら、ぼんやりと考えていた。
(……見なくてよかったのかもしれない)
昨日から続く不安が、頭の中をもやのように漂っている。
その時——
ふと、ある言葉が頭をよぎった。
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
(……何で今、この言葉を思い出したんだろう?)
ふと、背後から何かに見られているような感覚がした。
私は、気づかれないように、そっと振り向いた。
——窓の外。
祖母の家の向こうに広がる森の奥。
私は、足がすくんだ。
(……何かが森の中に潜んで、こっちを見てるような気がする)
「夏美?」
母の声で、私はハッとした。
「……今行く」
私は視線を外し、その場を離れた。
——あれを見続けてはいけない。
何となく本能的に、そんな気がしたのだ。
――――撮影用カメラで撮った動画再生中(ノートPC画面)
2022年8月15日(月) 20:20/社の内部
撮影者:山下夏美
裕也とタケシは、まだ映像を見ていた。
画面の中、巫女が念仏を唱え続ける。
しかし、狒々の姿が映った瞬間——画面にノイズが走る。
「うわ、なんだこれ?」
タケシが眉をひそめる。
「映像の歪みか? いや、でも……」
「キッ……キッキッ……」
狒々の鳴き声が、異常に大きく響く。
「おいおい、これ……マジでヤバいんじゃね?」
裕也が笑いながらも、どこか戸惑ったように画面を見つめる。
社を出た後のシーン——
閉まったはずの社の扉が、わずかに開いている。
その隙間から、暗闇の奥に光る目が二つ——。
「……なんだよ、これ。扉って開いていたか?」
画面が突如ノイズに包まれ、映像が強制終了する。
「……」
裕也とタケシは、言葉を失った。
――――再生終了
2022年8月16日(火) 午前8時30分/夏美の気づき
私は、母と会話を終え、再び部屋へ戻ろうとした。
その途中——
また、あの言葉が頭をよぎる。
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
私は、小さく息を吐いた。
「……私は、覗いていない」
——だから、私はまだ見られていないはず。
でも、本当にそうなのか?
私は、背筋を冷たくしながら、部屋の扉を開けた。
<夏美の記録>
――――
「2022年8月16日 午前8時35分。私は見ていないけど社の映像、再生出来たらしい」
――――