【警告】決して、この動画を探してはいけません!
◆第十六話『削除できない』
2022年8月18日(木) 午後7時35分/裕也の部屋
窓の外には、何もいない——はずだった。
鼓動が速くなるのを感じながら、裕也はゆっくりとスマホに視線を戻す。
——そこに映っていたのは、動画ではなかった。
「……え?」
画面の中には、見覚えのある光景が広がっている。
映っているのは、自分の部屋だった。
裕也は混乱し、画面を凝視する。
スマホには、今まさに自分がいる部屋の映像が映っていた。
ベッド、机、カーテン——すべてが、今いるこの部屋と寸分違わぬ状態で映し出されていた。
まるで、もう一台カメラが部屋のどこかに仕掛けられているような映像。
しかし、決定的に違うものがあった。
スマホの中の“窓の外”に、黒い影がある。
その影が、ゆっくりと、赤く濁った目がこちらを見つめる。
「……っ!」
裕也は、反射的にスマホを伏せた。
心臓が喉までせり上がる感覚。
「なんだよ……これ……」
冷や汗が滲む。
何が起こっている?
これは、誰かの悪質なイタズラなのか?
だが、そんな理屈が通用しないことは、すでに理解していた。
裕也は震える手でスマホの画面をスワイプし、電源を切ろうとする。
しかし、何度押しても反応しない。
「クソが……!」
次に、動画の管理画面を開いた。
削除すれば、何かが変わるかもしれない。
裕也は、削除ボタンをタップした。
——しかし。
《エラー:この動画は削除できません》
「……は?」
もう一度、押す。
《エラー:この動画は削除できません》
何度試しても、画面は同じエラーメッセージを返すだけだった。
「なんで消せねぇんだよ!!」
裕也は叫び、スマホを強く握りしめる。
その瞬間——
《キッ……キッキッ……》
スマホのスピーカーから、ノイズ混じりの音声が流れた。
《目を……合わせるな……》
裕也は息を呑んだ。
それは——
タケシの声だった。
「……タケシ……?」
裕也の背筋に、冷たいものが走る。
タケシは、もういない。
失踪して、行方不明のまま。
——なのに、なぜ。
なぜ、タケシの声が、ここから聞こえてくる?
裕也の指が、震えながらスマホを強く握りしめる。
画面を見てはいけない。見たら、何か取り返しのつかないことが起こる。
そんな直感が、頭の中で警鐘を鳴らしていた。
しかし——
ドンッ! ドンッ!
また、窓が叩かれた。
今度は——明らかに、外から"何か"がこちらを覗いている気配がする。
裕也は、窓を見た。
——そこには、何もいなかった。
だが、スマホの画面では、狒々はもう、窓のすぐ外にいるように見える。
「——っ!!」
裕也は悲鳴を上げる。
しかし、その声は部屋の中でかき消された。
夏美に連絡を取らなければ——。
裕也はスマホの発信ボタンを押す。
《発信エラー》
何度押しても、画面はエラーを吐き続ける。
「……助けてくれよ……」
裕也はスマホを持ったまま、震えていた。
――いつの間にか、外は静まり返っていた。
裕也は、その時ふと気づいた。
さっきまでスマホの画面に映っていた狒々が消えている。
その瞬間——
——カチッ。
部屋のドアのノブが、ゆっくりと回り始めた。