【警告】決して、この動画を探してはいけません!
◆第十八話『呪われた視界』
2022年8月18日(木) 午後7時50分/裕也の部屋
「……タケシ……?」
裕也はスマホを握りしめたまま、固まっていた。
画面には「通話終了」の表示。
タケシの声は確かに聞こえた。
だが、言葉はノイズ混じりで途切れ途切れだった。
「目を……」
そう言いかけたところで、音声は崩れ、通話は切れた。
「……クソ……」
「……それより、裕也。このままじゃ、消されちゃうよ」
夏美は、まっすぐ裕也の目を見つめた。
「……タケシ、みたいにか……?」
裕也の顔が強張る。
「念仏……覚えてる? 社で聞こえてたやつ」
「……は?」
裕也は思わず夏美を見た。
「あの時、私は無意識に念仏を口ずさんでた。……それで、私は助かったのかもしれない」
夏美の声は震えていた。
「念仏を唱えてる間は、狒々はこっちを見られない……。だから、狙われないんだよ」
「……お前、マジで言ってんのか?」
「真剣だよ!!」
夏美は声を張り上げた。
「だって……タケシに教えてあげられなかった。だから、せめて裕也には……っ!!」
裕也は、夏美の必死な表情を見て、ようやく気づく。
こいつは、本気で俺を助けようとしてる。
「……クソが……」
裕也は悔しそうに目を伏せた。
「呪いなんて、あるわけねぇ」
そう思っていた。
でも、今の状況は——「あるわけがない」では済まされない。
「……で、その念仏ってのは?」
裕也は、乾いた喉でそう問いかけた。
夏美はスマホを取り出し、静かに録音を再生する。
「……○○○○……○○○○……」
「……くだらねぇ……」
裕也は自嘲気味に笑った。
けど、もうバカにする気も起きなかった。
このまま何もしなければ——タケシのように、"消える"。
裕也はスマホの画面を見つめた。
そして、この時——
《再生を開始します》
「……は?」
突然、スマホが勝手に動き出した。
画面には、動画のサムネイルが表示されている。
だが——
「これ……俺たちが撮ったやつじゃないか?」
裕也は、違和感に気づいた。
動画のタイトルは無題。投稿者名も「名無し」になっている。
それなのに、映像の内容は、まさしく社の中の映像だった。
「社の中の……?」
夏美が画面を覗き込む。
映像が再生される。
画面の奥、薄暗い社の内部。
中央には、巫女が座っている——
しかし、その巫女は、念仏を唱えていなかった。
「……おかしい」
夏美が小さく呟く。
社の中にいる巫女は、じっと前を向いたまま、無言で座っていた。
そして、そのすぐ隣——
巨大な狒々が、巫女の顔をじっと見つめていた。
「……っ!!」
裕也がスマホを落としそうになる。
狒々は巫女を見つめていた。
いや、違う——画面のこちら側を、見ている。
「なんで……こっちを見てるんだよ……」
裕也が震える声で呟いた瞬間——
スマホが異常な熱を発し、画面が暗転した。
「……消えた?」
夏美が恐る恐る尋ねる。
だが、裕也はそれどころではなかった。
——視界が、おかしい。
まるで、何かのフィルターがかかったように、世界が歪んで見える。
(……な、んだ……これ……)
部屋の隅に"何か"がいる気がする。
だけど、はっきりとは見えない。
視線を動かしても、それは視界の端をすり抜けるように、輪郭を保とうとしない。
「……裕也、大丈夫?」
夏美が、不安げな声を出す。
「おい、夏美……部屋の中に……誰かいないか?」
「え……?」
裕也は自分の目をこすった。
その瞬間——
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……っ!!」
思わず膝をつく。
部屋がゆっくりと回転しているような感覚。
めまいと吐き気が込み上げてくる。
(俺……やばい……)
「……○○○○……○○○○……」
夏美が念仏を唱えるながら駆け寄った。
だが、裕也は頭を抱えながら、かすれた声で呟いた。
「俺……だ、大丈夫だ。何とか戻った……」
その瞬間、スマホの画面が再び光り出した。
「くそっ……もう、こんなもん見たくねぇ……!!」
裕也は震える指でスマホを操作し、動画の管理画面を開いた。
「削除する」ボタンを何度もタップする。
一瞬だけ、画面に「削除中…」の表示が出る。
だが、次の瞬間——
《エラー:削除できません》
「……は? なんで……?」
裕也はもう一度、今度は力いっぱい削除ボタンを押す。
しかし、またしても同じメッセージが点滅するだけだった。
《エラー:削除できません》
「……なんで、消せねぇんだよ……!!」
裕也の手が震え、スマホを落としそうになる。
裕也が、床にスマホを叩きつける。
「……待って」
夏美は、何かに気づいたように画面をじっと見つめた。
「……裕也、これ……動画の中に、狒々が閉じ込められてるんじゃない?」
「は……?」
「狒々は社の中にいた……でも、私たちが撮影したことで、"外に出られるようになった"……」
「……つまり、俺たちの動画のせいで、こいつは自由になったってことか?」
夏美はゆっくりとうなずく。
「だったら、"社の中に戻せば"……良いのかも知れない」
「戻すって……どうやって?」
「社の中で動画を再生するのよ。そしたら、狒々が出てくると思うの……」
「……マジかよ……」
裕也は苦しげに笑った。
だが、それ以外に手がかりはない。
「……やるしか、ねぇか」
裕也は立ち上がった。
——この呪いを終わらせるために。