【警告】決して、この動画を探してはいけません!
◆第三話『祭りの準備』
2022年8月14日(日) 午前
翌朝、私は早くに目を覚ました。
昨夜、裕也とタケシの「動画撮影計画」に巻き込まれたせいで、少し気が重かった。
けれど、それを考える暇もなく、朝食後は祖母の家の掃除を手伝うことになった。
法事の準備のため、親戚一同で家の中を片付け、仏壇を整える。
「夏美、縁側のほうも掃いてくれる?」
母の声に、私はほうきを持って外へ出た。
ふと、縁側から村の景色を眺める。
朝の光に照らされた田舎の風景は、どこか懐かしさを感じさせた。
けれど、私はどうしても、昨日の「社」の話が頭から離れなかった。
“見たらいけないもの”がある社。巫女が目隠しをして、何かを見ないようにしている。
何かに引っかかるような感覚があった。
その時、私はふと思いつき、スマホを取り出した。
「せっかくなら、おばあちゃん家も記録として残しておこう」
私は、今日もショート動画の撮影アプリを起動し、縁側から見える風景を撮り始めた。
<夏美の記録>
――――
2022年8月14日(日) 9:02/祖母の家
撮影者:山下夏美
「2022年8月14日 午前9時。祖母の家の縁側から撮影」
縁側の先には小さな家庭菜園に実ったトマトが輝いて見えた。
――――
——今思えば、私は結果的に「記録者」または「目撃者」になっていたのかもしれない。
2022年8月14日(日) 午後/安高神社
昼過ぎ、掃除が一段落すると、裕也とタケシがそわそわし始めた。
「よし、そろそろ行くぞ」
「……どこに?」
「決まってんだろ、神社だよ!」
村の祭りが行われる「安高神社」では、すでに準備が始まっているはずだった。
私は迷ったが、せっかくなら祭りの雰囲気を記録しようと思い、スマホを取り出した。
——こういうローカルな文化を記録するのも、ドキュメンタリーの第一歩かもしれない。
そう思い、私は彼らについていくことにした。
「……普通の祭りの準備に見えるけど?」
私は記録用にスマホを取り出しながら言った。
――――
2022年8月14日(日) 14:22/神社に到着
撮影者:山下夏美
「2022年8月14日 午後2時22分。安高神社の鳥居をくぐるところです」
カメラが揺れ、神社の境内が映る。
祭りの準備が進められており、村人たちが忙しそうに動いている。
鳥居の周辺には白い紙が吊るされ、大きな御神輿が飾られていた。
――――
「まあな。でも、こっちの方が面白そうだぞ?」
そう言って裕也が指差したのは、本殿の横にある古びた小さな社だった。
「……あれってもしかして……?」
「たぶん、例の“覗いちゃダメな社”じゃね?」
——社の雨戸は閉ざされており、周囲には縄が張られていた。
明らかに、他の建物とは異なる異様な雰囲気を放っていた。
タケシがポケットから小型カメラを取り出し、社に向かってレンズを向ける。
「……中はどうなってんのかな」
「昼間だから大丈夫だろ」
私は、焦りを感じながら二人を止めようとした。
「ちょ、ちょっと! 勝手に撮って大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
——その時だった。
「何をしている?」
背後から、低く、鋭い声が響いた。
私は、咄嗟に、腕を下に降ろしたままの状態で、握っているスマホの録画ボタンを押した。
アプリなので、正しく押せたか分からない。
撮影が開始されたことを期待しよう。
<夏美の記録>
――――
2022年8月14日(日) 14:48/神主の警告
撮影者:山下夏美
「この社には、絶対に近づいてはならん」
カメラの上下は反対のまま撮影されている。
神主の腰のあたりが映っている。
――――
振り返ると、そこには神主の姿があった。
50代くらいの男性で、険しい表情を浮かべていた。
「すみません、ちょっと撮影を……」
私が言いかけると、神主は厳しい口調で言った。
「この社には、絶対に近づいてはならん」
「……え?」
「撮影もダメだ。すぐにカメラを下ろしなさい」
裕也とタケシが、少しバツが悪そうにカメラを下げる。
私はスマホを構えていなかったのだで、ただ持っているだけにみえたのだろう。
「どうしてですか?」
私が恐る恐る尋ねると、神主は少し黙った後、静かに答えた。
「……この社には、神聖なものが祀られている。決して不敬なことをしてはならん」
「神聖なもの……?」
「それ以上は聞かぬほうがいい。余計なことを考えぬように」
神主のその言葉に、私はますます不安を覚えた。
——「神聖なもの」。それはつまり、「触れてはいけないもの」なのではないか?
「……すみませんでした」
私はすぐに頭を下げた。
裕也とタケシも、しぶしぶ社から離れる。
だが、裕也の目は輝いていた。
「……これはヤバいネタかもしれないな」
タケシもニヤリと笑う。
「こういう“絶対ダメ”ってやつほど、撮影しがいがあるんだよなぁ」
私は、心の底からため息をついた。
——この時の私は、まだ「少し不安」くらいにしか思っていなかった。