【警告】決して、この動画を探してはいけません!
◆第三十二話『開かれる扉』
2022年9月18日(日) 午前3時25分/祖父の家
——カチリ。
静寂を切り裂くように、小さな"金属音"が響いた。
(……今の音……鍵?)
私は息を呑んだ。
裕也も、まるで凍りついたように動かない。
——誰も、扉には触れていないはずだった。
それなのに、"勝手に" 玄関の鍵が回った。
ギリ……ギリギリ……と、ゆっくりと錠が解除されていく音。
まるで、"向こう側の何か"が、自分で入る準備をしているような——。
——カチャン。
鍵が、完全に開いた。
裕也が、息を呑んだまま動かない。
私も、全身がこわばっていた。
「……開けちゃ、ダメだ」
私は、震える声で囁いた。
当たり前だ。
こんな時間に、勝手に鍵が開くなんて——"まともな現象"なわけがない。
裕也も、そのことは十分理解しているはずだった。
「……いや、でも……」
裕也は玄関の方を睨みながら、唇を噛んでいる。
「このまま放っておいたら……どうなる?」
私は答えられなかった。
これまでの経験上、"何かが外にいる"のは明らかだった。
そして、それは"ここへ入ろうとしている"。
(でも、入れない……?)
ふと、違和感がよぎった。
もし、"向こう"が本当に家の中に入れるのなら——。
なぜ、まだ扉を開けてこない?
鍵を開けることはできるのに、その先の行動をしない理由は?
誘っている?
それとも、からかって楽しんでいる?
私は喉を鳴らした。
その考えに至った瞬間、全身に鳥肌が立った。
——どのような理由にせよ、開けちゃダメだ。
——コン……コン……。
ノックが響く。
それは、異様なほど"ゆっくり"だった。
トン……トン……と、"待っている"かのようなリズム。
誰かが訪ねてきた時のような普通のノック音。
けれど、それがこの状況では異様でしかなかった。
裕也が、小声で言う。
「……誰かいるのか?」
私は思わず裕也の腕を掴んだ。
(馬鹿、何で聞くのよ!!)
声に出さなかったが、そう叫びたかった。
すると——
——ギィ……。
今度は、扉がわずかに開いた。
私は悲鳴を押し殺した。
裕也も、肩をこわばらせながら、じりじりと後ずさる。
——スゥ……スゥ……。
扉の隙間から、"冷たい夜気"が流れ込んでくる。
同時に、"何かの匂い"が鼻を掠めた。
土の匂い。
獣の匂い。
そして——
"生臭い、血の匂い"。
「……いる……」
裕也が、かすれた声で呟いた。
私も、わかっていた。
そこに"何か"がいる。
それは、"じっと"こちらを見ている——。
私は必死で目を逸らした。
(……ダメ……見たら……!)
以前、社で狒々を目撃したときのことを思い出す。
目を合わせた瞬間、"襲われた"。
そして、動画を見た人間が次々に"消えた"のも——"狒々と目を合わせたから"。
(つまり……"見なければ"……!)
私は震える手で裕也の袖を掴んだ。
「……絶対に、見ちゃだめだよ……」
裕也は、ゴクリと喉を鳴らした。
「でも……どうすんだよ……」
「とにかく、閉めるの……」
裕也と私は、視線を合わせないまま、ゆっくりと扉へ手を伸ばした。
だが——その時だった。
——ギギギ……ギィ……。
扉が、"向こう側から"さらに開いた。
風が巻き込み、部屋の空気が一気に冷たくなる。
私は目を閉じたまま、恐る恐る声を出した。
「……そこに、誰かいるの?」
返事はなかった。
ただ——
"それ"は、確実にそこにいた。
——キッ……キッキッ……。
耳の奥で、狒々の鳴き声が響いた——。