【警告】決して、この動画を探してはいけません!
◆最終話『終わらない呪い』
2022年9月19日(月) 午前1時20分/社の中
「……○○○○……○○○○……」
私は必死に念仏を唱え続けた。
目を閉じ、布で覆われた視界の向こうに"それ"の存在を感じながら。
空気が異様に重い。
鼓膜が圧迫されるような感覚。
——キッ、キッ、キッ……
狒々の鳴き声が、社の中に響き渡る。
(……まだ、動画は消えてない?)
それとも——"もう消せない"の?
「裕也……っ!」
私は、声を絞り出した。
「動画、どう……なったの……!?」
裕也の返事は、ない。
(……まさか!)
私は、反射的に布を押さえた。
しかし、次の瞬間——
「き、消えた……」
裕也の震えた声が、静かに社の中に響いた。
私は、息を呑んだ。
「本当に……消えたの?」
「……ああ。エラーも出なかった。もう、どこにもない……」
私は心の奥で安堵の息をつきかけた。
(これで、終わった……?)
しかし——
——キッ、キッ、キッ……
狒々の鳴き声が、まだ"すぐ近く"にあった。
(……どうして?)
動画を消したのに——"まだここにいる"?
その時、裕也がボソリと呟いた。
「……わからねぇ……でも……」
「……ずっと、俺を見てる気がする」
私は、目を閉じたまま、唇を噛んだ。
(……そうか)
「裕也……目を閉じて……」
「……え?」
「いいから、早く!!」
裕也は困惑しながらも、私の言葉に従った。
——ザッ……
何かが動いた音がする。
でも、裕也は目を閉じていた。
(……そういうことか)
狒々は、まだ"供物"を求めている。
でも、目を閉じていれば"見えない"——だから、襲われない。
私は、ゆっくりと念仏を唱え続けた。
「……○○○○……○○○○……」
社の中に、静かな声が響く。
そして——
——ひゅうぅぅ……。
風が吹き抜けた。
空気が、すっと軽くなる。
(……行った?)
私は慎重に目隠しを外し、裕也を見た。
裕也は、まだぎゅっと目を閉じたまま動かない。
「……裕也、もう大丈夫」
「……マジで?」
ゆっくりと目を開ける裕也。
——もう、社の中に狒々の姿はなかった。
2022年9月19日(月) 午前6時45分/祖父の家
朝日が昇り、安高村は"何もなかったかのように"静かだった。
私は、祖父の家の縁側に座っていた。
社での出来事が、まるで夢のように感じる。
でも、夢ではない。
(……タケシは、戻らなかった)
(でも、裕也は無事だ)
「夏美、帰る準備しろよ。もうすぐ電車の時間だ」
裕也が、バッグを担ぎながら言った。
私は小さく頷いた。
(……本当に、終わったのかな)
そう思いながら、私は祖父の家をあとにした。
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私のドキュメンタリー映画用に記録していた手記はここで終わる。
【一年後】
2023年9月19日/東京
ネット上に、ある動画がアップロードされた。
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動画タイトル:『削除された狒々の動画を発見した!』
投稿者:●●●
公開日時:2023年9月19日 12時40分
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コメント欄
「待っていました――!」
「あれ、見たら駄目なんだろう?」
「見つけ出してくれてありがとう!!!」
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「お、これって去年、話題になったやつだよね?」
「マジ!? 俺見たことが無いんだよ。見ようと思ったら削除されててさ。探してたんだよ!」
「あ、裕也だ。おーい、裕也、これ見ろよーー!」
「あー、何だよ。何か面白い動画でも見つけたのか?」
友人のスマホを覗き込む裕也。
——そこに映っていたのは。
"狒々の社"の映像。
画面の中で、赤い目がゆっくりと首を傾げる。
——カクッ。
狒々の視線が、画面越しに"裕也と目を合わせた"。
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< ニュース速報>
『再び、都内で若者の失踪が相次ぐ』
『一部では、ネットに投稿された動画との関連性を疑う声も上がっている』
『昨年起きた連続失踪事件との関連性を確認している』
『警察は事件と事故の両面で捜査』
――――
(完)