【警告】決して、この動画を探してはいけません!

◆第八話『社からの脱出』


ハッ!

(ダメだ。このままでは私が取り残されちゃう。二人を追っかけないと。そ、そうだ。まだカメラは回さないと)


<動画撮影用カメラ>
――――録画開始
2022年8月15日(月) 20:23/異形の者
撮影者:山下夏美

「キッ……キッキッ……キッ……!」

狭い社の中に、再び不気味な鳴き声が響く。
濁った黄色い目が、暗闇の奥からこちらをじっと見つめていた。
この声は、この眼の持ち主の鳴き声?

“それ”が、ゆっくりと裕也たちに向かって行く。

「やべぇ……!」

裕也が震える声を漏らし、後ずさった。
いまだに巫女や村人にバレたくないのか声は小さく抑えている。

タケシも「ふざけんな……マジかよ……」と、呆然としながら扉の方へじりじりと後退する。

私は、カメラを構えたままゆっくりと動く。

(……念仏を唱えていれば気が付かれない気がする。それでも怖い。その異形の者の横を
通り抜けないと私たちが入った扉に行けない)

出来るだけ足音を立てずに、そして念仏も途切れないように気を付ける。

社の奥では、巫女が依然として一定のリズムで念仏を唱えている。

異形の者のすぐ横を通り抜ける。異形の者の様子をカメラでしっかりと撮影する。
ん! 一瞬、異形の者がカメラを見たような気がした。
たまたま、こちらに視線を向けただけなのだろうか?

異形の者は、大きなサルだ。いや、サルと言うよりも狒々と言った感じだ。

——狙っているのは、裕也とタケシだけ。

私は、小さく息を呑んだ。
(……やっぱり、私のことが見えていない?)

「タケシ、何やっているんだ。早く開けろ!」

タケシを押しのけるように裕也が社の扉に飛びつき、全力で引く。
だが、扉はビクともしない。

「開かない、嘘だろ……? 入る時に鍵もかかっていないかったのに、なんで開かねぇんだ……」

タケシが、冷や汗をかきながら肩で息をする。

「……開かない……?」

私は、その言葉にゾッとした。

(まさか、閉じ込められた……?)

「キッ……キッキッ……キッ……!」

低い湿った鳴き声が、じわじわと近づいてくる。
ゆっくりと、しかし確実に。

「おいおいおい、ヤバいヤバいって……!」

タケシの声が裏返る。

裕也が焦ってスマホのライトを狒々に向ける。

——その瞬間、狒々の動きが一瞬止まった。

「……え?」

裕也が息を呑む。

タケシが、ガタガタと震える手で、そっと扉に手をかけた。

「……開け……ろ……っ!」

彼はできるだけ音を立てないように、ゆっくりと扉を押し開けようとする。
だが、びくともしない。

(……な、なんで……?)

タケシの息が荒くなる。

隣で裕也も必死に扉を引くが、まるでどこかで固定されているかのように動かない。

「クソッ……なんでだよ……!」

声を抑えながらも、タケシの焦りは隠せなかった。

——ギ……ギ……ッ。

わずかに扉が揺れる。

(もう少し……! もう少しで……!)

背後から、湿った息のような音が聞こえる。

「キッ……キッキッ……キッ……!」

狒々の足音が近づいてくる。

(ヤバい、間に合わない……!!)

タケシは、思わず力を込めて押した。

その瞬間——

——ギィィ……ッ……ドンッ!!

扉が、外側へと勢いよく開いた。

「うわっ……!」

裕也とタケシは、そのまま外へ転がり出る。

私は、カメラを構えたまま、それを追うように外へ飛び出した。

社の外に出た瞬間、異様な湿気と重圧が消えた。

扉の向こう、社の内部は——いつの間にか静寂に包まれていた。

(そ、そうだ。記録のカメラも撮っておかないと時間が分からなくなる)


<夏美の記録>
――――
2022年8月15日(月) 20:25/社から脱出
撮影者:山下夏美

私たちの荒い息遣いと地面に倒れ込んでいる裕也とタケシが映る。
――――


私は、社を振り返る。

その時——

「……○○○○……○○○○……」

社の奥から、まだ巫女の念仏が聞こえていた。

私は、全身に鳥肌が立った。

(……巫女が、まだ念仏を唱えてる。だから狒々は……社の外に出られない?)

私は、カメラを持つ手が震えるのを感じた。
私は、念仏を唱えていたから狙われなかったのではないか、そう、思った。

裕也とタケシが、肩で息をしながら起き上がる。

「……な、何だったんだよ、あれ……」

裕也が青ざめた顔で呟いた。

「……知るかよ……」

タケシも、額の汗を拭いながら震えている。

私は、カメラを止めた。

2022年8月15日(月) 20時26分録画が終了し、赤いRECランプが消える。
――――映像終了

怖かったー。私は、思わず唇を噛んだ。

「……なんで俺たちを狙ったんだ?」

裕也がぼそりと呟く。

私は、答えられなかった。

(……だって、私は……ずっと念仏を唱えてたからって、そんなわけないか!? でも、本当にそうなら……)

心臓がドクドクと鳴る。
私は、カメラを強く握りしめた。

——何も知らずに動画を見た人は? いや、さすがにあの狒々が居ない場所だったら大丈夫か。


<夏美の記録>
――――
2022年8月15日(月) 20:30/撮影完了
撮影者:山下夏美

「2022年8月15日 午後8時30分。撮影成功。脱出済み」
――――

私は、社を振り返った。

暗闇の向こう、静かに鎮座する建物。
その奥から、まだ微かに、一定のリズムの念仏が響いていた——。
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