【警告】決して、この動画を探してはいけません!

◆第九話『残された映像』


2022年8月15日(月) 21時42分/祖母の家
祖母の家に戻ってきた私は、すぐにカメラのデータを確認しようとする裕也とタケシを横目に、静かに息を整えた。

(……狒々は目を合わせると出現する。でも、念仏を唱えていれば見られない)

私は、根拠もなく、そんな気がした。
だからこそ、今から見る映像に、どうしようもない不安を感じていた。

「よし、データ確認するぞ」

裕也が、カメラからSDカードを取り出し、ノートPCに差し込む。

私は、思わず口を開いた。

「……本当に見ても大丈夫なの?」

「は? なんでダメなんだよ?」

裕也が呆れたように私を見た。

「いや……だって、もし映像越しでも目が合ったら……」

私の言葉に、タケシが一瞬表情を曇らせる。

「……おい、マジでそういうのやめろって……」

「バカか。動画は動画だろ? 目が合うとか関係ねぇよ」

裕也は笑いながらPCを操作し、動画フォルダを開いた。

(それは、そうなんだけど、何か非日常的な経験をしたから、思わず“呪われた動画”のように思ってしまった)

裕也のPCには、私が撮影した動画ファイルが並んでいる。

「よし、じゃあ最初の祭りの映像から再生してみるか」


――――撮影用カメラで撮った動画再生(ノートPC画面)
2022年8月15日(月) 20:19/村の様子、そして社へ侵入開始
撮影者:山下夏美

神輿を担ぐ村人たちの姿、社の前に集まる巫女、暗くなり始めた空——。
映像は、問題なく再生された。
――――


「おお、普通に撮れてんじゃん!」

タケシが少し安堵したように言う。

「この辺は問題なさそうだな。よし、次——」

裕也がファイルを切り替え、社の中に入った時の動画を選択する。

クリック——。


――――撮影用カメラで撮った動画再生(ノートPC画面)
2022年8月15日(月) 20:20/社の内部

『ファイルが破損しています。再生できません。』
――――再生終了


「……あれ?」

裕也が眉をひそめた。
画面に無機質なエラーメッセージが浮かんでいる。

「は?」

タケシも画面を覗き込む。

「嘘だろ、撮れてなかったのか?」

「いや、そんなはずねぇ。ファイル自体はあるしサイズもそれなりだ……」

裕也が別のメディアプレイヤーを開き、再生を試みる。

——またエラー。

「おいおい、マジかよ!? せっかく撮ったのに……!」

裕也が焦る。

私は、画面をじっと見つめていた。

(……社の中の映像だけ、再生できない?)

その時——

一瞬、画面がノイズを起こした。

私はハッとした。

ノイズの中に、何かが映ったような気がした。

(……今の、なに?)

「なあ、これ……おかしくね?」

私は、PC画面を凝視しながら呟く。

裕也は「データ壊れたか?」と言いながら、もう一度別の方法で開こうとする。

画面が切り替わり、またしてもエラーメッセージが表示される。

その背景に——

(目……?)

暗闇の中で、ぼんやりと濁った黄色い目が浮かんでいるような気がした。

「……!」

私は、ゾクリと背筋が凍った。怖い。

「おい、どうにかして開く方法ないのかよ?」

裕也がキーボードを叩きながら文句を言う。

「おい、もうやめろって……!」

タケシが珍しく怯えたように言った。

「は? せっかく撮ったんだぞ? これ、絶対バズるって!」

「バズるとかの問題じゃねぇよ……!」

タケシが語気を強める。

私は、まだ画面を見ていた。

(……もしかして、“見てはいけない”から……?)

(もし開けたとして……本当に見てもいいの?)


2022年8月15日(月) 22時30分/奇妙な静寂
結局、その夜は何をしても狒々の映像を再生できなかった。

裕也は「くそっ……明日になったらもう一回試す」とPCを閉じた。
タケシも「もう寝る……」と部屋へ戻る。

私は、自分の部屋の布団に入り、スマホを握りしめたまま、なかなか眠れなかった。

(本当に……見えなくてよかったのかもしれない)

PCの画面に一瞬映ったように思えた「濁った黄色い目」
あれは、気のせいよね?

——まだ、どこかで“こっちを見ている”気がする。


<夏美の記録>
――――
2022年8月15日(月)22:35/祖母の家
撮影者:山下夏美

「2022年8月15日 午後10時35分。社の映像、再生不可」
「……もう、開かなくていい」

私は、小さくつぶやいた。
――――


2022年8月16日(火) 午前2時12分/夢の中
真っ暗な空間。

私は、どこにいるのかわからなかった。

ぼんやりとした意識の中で、微かに音が聞こえる。

「……○○○○……○○○○……」

(……あれ……?)

私は、誰かの声を聞きながら——

自分の唇が、またしても同じ念仏を唱えていることに気づいた。
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