十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される

別れと出会い

 ルークが王都で過ごす五日間は、あっという間に過ぎた。

 相変わらず彼は忙しいらしく、また朝早くに出て行って夜に帰ってくる生活に戻った。あの日彼が夕方に帰宅したのは、カミラに遠征の話をするためだけだったようだ。

 使用人たちは皆ルークに恩義や友誼があるため、彼が二年間もいなくなることをとても寂しそうにしていた。この屋敷でルークが不在になることを一番気にしていないのは、カミラなのかもしれない。

 最後の五日目も相変わらずルークは夜になって帰ってきたのだが、いつもはカミラが寝付いた頃に戻ってくるものの今日は寝仕度をしている頃に帰宅した、とメイドが教えてくれた。

(さすがに明日に備えて、早く寝たいのかしら)

 彼におかえりとおやすみを言おうかと迷ったが、一分でも長く睡眠時間を取ってほしいので、やめておいた。

 そうしてメイドを下がらせてカミラが寝ようとしたとき、部屋のドアがノックされた。

(メイドかしら?)

 何か言付け忘れたことでもあったのだろうかと思ってドアを開けたカミラは、驚いた。そこにいたのは小柄なメイドではなくて、寝間着用のシャツ姿の夫だったからだ。

「ルーク……?」
「夜分遅くに失礼します、カミラ様」

 既に寝仕度ばっちりらしいルークが言ったので、カミラは彼に就寝の挨拶をしなかったことを後悔した。やはり彼にわざわざ足を運んでもらうのではなくて、カミラの方から挨拶に行くべきだった。

「いえ、大丈夫よ。ごめんなさい、挨拶に行けなくて」
「気にしないでください。それに、まだ寝るわけではないので……」

 そこでルークは言葉を切り、そして視線を逸らした。

「……カミラ様。私は翌朝、屋敷を出ます。次にここに帰ってくるのは、二年後になります」
「……ええ」
「だから、というわけではありませんが。二年間、任地で頑張るためにも……その、今夜、寝所で一緒に過ごしませんか?」

 何を言われるのだろうか、と身構えていたカミラは、ルークがまごつきながら告げた言葉にぽかんとしてしまった。

 薄暗い廊下ではわかりにくいが、ルークの頬が赤いことに今気づく。頬だけでない、首まで真っ赤だ。
 彼のそんな様子や話し方からして、『一緒に過ごす』というのがただ単に同衾するだけではないことくらい、容易に想像できた。

「……あの?」
「二年間もずっとおあずけは、さすがに辛いです。それに……初夜も、まだですし」

 いよいよルークが恥ずかしそうに消え入りながら言ったため、彼の言わんとすることは確定した。

(……あ、白い結婚計画、終わったわね)

 照れと緊張でおろおろしているルークと違い、カミラの方はどこまでも落ち着いていた。人間、驚きやらの感情が募りすぎると一周回って冷静になれるものなのかもしれない。

 カミラはそっと手を伸ばし、ルークの頬に触れた。ぴくり、とその皮膚が引きつったのを、少しだけ悲しく思う。

「私は構わないわ。でも、あなたはいいの?」
「……私は、旅立つ前にあなたのことを知りたい。他の誰も知らないあなたを見てみたい」

 カミラとしては、「明日に備えなくていいの?」という意味だったのだが、別方面で解釈したらしいルークがきりっとした顔で言うので、なんだか気が抜けてしまった。

 夫に求められたのなら、従順に応えるのがよい妻である。

「わかったわ。……案内してくださる?」
「……はい。喜んで」

 諦めの気持ちで差し出したカミラの手を恭しく手に取ったルークは、そこにキスを落とした。
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