十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
 翌朝、カミラがベッドで伸びている間にルークは静かに屋敷を後にした。
 あっさり終わるかと思いきや明け方まで離してもらえなくてカミラの方はへとへとなのに、メイドたち曰くルークは「とてもきりりとしたお顔で出発なさいました」とのことだったそうだ。体力が化け物なのは、彼が若いからなのかそれとも鍛えているからなのか。

 ルークは自分の資産の全てをカミラに預けていったようで、執事から教えてもらった資産高を聞いたカミラは仰天した。『あなたが不自由しない程度の蓄えはあります』とは言っていたが、カミラ一人なら何年も豪遊できそうだ。

 ルークはカミラのことを城の騎士にも頼んでくれたようで、何かあれば護衛のために数名来てくれた。ルークは年若くて騎士になってから日が浅いというのに、既に騎士団内で味方をしっかり見つけているようだ。やはり、亡き父には人を見る目があったようだ。

 ルークの任地は、王国の東の端の山間部だった。とはいえ彼も言っていたように郵便もきちんと整備されているようで、日数はかかるものの手紙のやりとりもできるという。

 そうはいうものの、ただでさえ親しい仲ではない夫にどんな内容の手紙を書けばいいかわからなかったし、ルークからも手紙は来ない。何か特筆するべきことが生じたら、近況報告ということで書けばいいだろうと思っていたのだが。

「……妊娠?」
「はい。今年中には生まれるかと」

 おめでとうございます、と笑顔の医師に言われて、カミラはそっと自分のお腹に触れた。

 去年の冬の終わり頃から、体調が優れない日が多くなっていた。また月のものも止まっているので、もしかしたらと思いつつ屋敷に医師を呼んで診察を続け、春の初めになって妊娠が確定した。

 まだお腹の膨らみはほとんどないが、ここに小さな赤ん坊がいる。医師は夫不在であることを少し気にしていたようだが、出産予定日を逆算するとルークがまだ王都にいた頃に懐妊したとわかったため、彼も安心していた。

 もちろん、カミラはこれまでの人生でルーク以外の男性と関わりを持ったことはない。だがまさかあの別れの前夜にたった一度だけ夜を共にしたことで、妊娠していたなんて。

(ルークから逃げないで夫婦として生きていきなさい、とこの子が教えてくれたのかもしれないわね)

 医師が帰った後で、果実水を飲みながらカミラは考える。

 ルークが遠征に出ると聞いたとき、カミラは二年間の白い結婚を理由に彼と離縁しようと考えていた。だが結果として、カミラは妊娠した。生まれる子が男の子でも女の子でも、もうルークから逃げることはできない――いや、してはならない。

「奥様。旦那様にお手紙を書かれますか?」

 そう尋ねるのは、カミラの身の回りの世話をしてくれるメイド。彼女もルークに拾ってもらった縁で採用されており、きらきら輝く目からは「書きますよね?」という威圧さえ感じられてカミラは苦笑した。

「ええ、もちろんよ。……でも、教えたことでお仕事に支障を来したりはしないかしら」
「大丈夫ですよ! 旦那様のことですから、奥様とお子様のためにいっそう身を粉にして頑張るに決まっています!」

 メイドが力説するので微笑みを返し、彼女に筆記用具を持ってきてもらったカミラはインクにペン先を浸した。

 カミラの妊娠を知らせると、屋敷の者たちは皆大喜びだった。コックたちは今から離乳食について考えているし、メイドたちはどこで産着を買おう、ベビーベッドはどんなのがいいだろうか、と大騒ぎしている。

 なお王城にいる兄夫婦にも知らせているが、特に返事はなかった。アッシャール帝国にいるパメラにも送ったが、あちらに届くのはルークへの手紙よりもずっと先になるだろう。

 ひとまずカミラは、妊娠しており今年中に出産予定であること、少し気分が悪い日はあるが現在のところ健康であること、屋敷の皆がカミラ以上に喜んでいることなどを記して、執事に発送手続きを頼んだ。
 執事もまた、まるで自分の孫が生まれるかのように涙を流しながら大切そうに手紙を受け取っていた。
< 16 / 37 >

この作品をシェア

pagetop