十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
 ルクレツィオの堅苦しい挨拶を聞いて、隣に座っているパメラが小さく噴き出した。

「やだ、ルークったら緊張しているの? わたくしと話しているときのがさつなルークはどこに行ったの?」
「パメラ様、からかわないでください」
「きゃはは! パメラ『様』ですって! 普段は、おいパメラ、って言うくせに!」

 たまらないとばかりにパメラがお腹を抱えて笑いだすと、ルクレツィオはさっと頬を赤らめた。どちらかというと色白なので、赤面するとその変化がよくわかった。

「パメラは、ルクレツィオ様と仲がいいのね?」

 国王の鶴の一声で決まった、愛のない結婚……とばかり思っていたので意外に思っていると、目元を拭ったパメラがうなずいた。

「実はそうなのです。最初に紹介されたときは、陰気なくせに態度の大きいお猿さんだと思っていたのだけれど、話してみるとおもしろくて」
「……おもしろさを狙っているわけではないのですが」

 ルクレツィオは小鼻をひくつかせて言うが、カミラが見ていると気づいたらしくはっとして視線を逸らした。

「その……私は見てのとおり、身分も学もない人間です。ですが、パメラ様はこんな私がおもしろくていいとおっしゃってくださり……」
「素敵なことです。……ルクレツィオ様、どうかパメラをお願いします」

 妹とその婚約者の微笑ましいやりとりに胸を温かくしたカミラは、微笑を浮かべて言った。

「パメラは、わたくしの大切な妹です。皆の前では王女として正しくあろうと心がけていますが、内心はとても寂しがりです。でもルクレツィオ様ならきっと、パメラとよい夫婦になれると思っています」
「……ありがとうございます、カミラ様」
「大丈夫ですよ、お姉様。わたくしがちゃんと、このがさつなお猿さんを手懐けてみせますから」

 ほほほ、とパメラが笑うと、ルクレツィオは苦々しい表情で婚約者をにらんだ。物言いたそうだが何も言えないのは、彼が自分でも『お猿さん』な自覚があるからなのかもしれない。

(……パメラは大丈夫よね)

 ガゼボを吹く夏の風を頬に浴びながら、カミラは思う。

 王女の結婚相手が平民階級の少年だなんて、きっと人々の噂になるだろう。だがパメラを溺愛する国王はきっと悪い噂が流れるのを許さないだろうし、パメラもあれでなかなかしたたかだ。

(結婚式は、早くても来年くらいかしら? 私も是非行きたいわ)

 カミラはもうすぐ、二十四歳になる。修道院で働いて長いというのもあるが、立派な行き遅れだ。
 もう自分の結婚は夢見ていないが、せめてかわいい妹の花嫁姿だけはしっかり目に焼き付け……そしていつか生まれるだろう甥や姪の世話をして生きるのもいいかもしれない、と考えていた。
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