十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
伯爵と伯爵令嬢の愛
カミラ・ベレスフォードは十五年の眠りから覚め、夫と娘と暮らすことになったのだが。
「ちょっと、お父様!? 今日は朝からお母様とお出かけするって、言いましたよね!? なのにどうして、お母様を抱き潰すのですか!?」
「こ、こら、ディアドラ。そういうことを言うものではない。慎みを持ちなさい」
「お父様が悪いでしょう!」
ある日の朝。ベレスフォード伯爵領にある屋敷に、朝から伯爵と伯爵令嬢が喧嘩する声が響いていた。
といっても怒っているのは娘だけで、父親の方は娘の剣幕を前にたじたじになっているのだが。
「今日はお母様を街に連れて行って、めいっぱいおしゃれしていただこうと思っていたんです! それなのに、ああ、もう! 独占欲が強くてしつこい性格のお父様のせいで、私たちのお出かけ計画が台無しです!」
「悪かった。確かに加減ができなかった私が悪い」
「年頃の娘の前でそういうことを言わないでください!」
「先に言い出したのはおまえだろう……」
「ルーク、ディアドラ?」
やいやいと言い合う夫と娘の声を聞きつけたようで、階段の方から可憐な声が聞こえてきた。途端、父娘は喧嘩をやめて「カミラ!」「お母様!」と一目散にそちらに走っていく。
階段の手すりに手をかけながら降りてきたのは、寝間着の上にガウンを一枚羽織っただけのカミラ。
いくら家族の前だとしてもあまりにも無防備な格好だが、朝寝坊していた彼女は階下で夫と娘が言い合う声を聞き、仲裁のために身仕度もそこそこに降りてきたのだ。
十六歳の娘がいるとは思えない若さを持つカミラは困ったように頬に手を当てて微笑む。
「おはよう。あなたたちの元気な声が、上まで聞こえてきたわ」
「おはようございます、カミラ様。今朝もとても麗しいです」
「おはようございます、お母様。……ねえ、お母様。今日はお外に行く予定だったけれど、おうちでゆっくりするのに変えません?」
早速妻を口説こうとする父親を押しのけ、ディアドラは言った。かわいらしい顔を歪めて父親に向かって怒鳴っていた先ほどの勢いはどこへやら、ころっと甘えるような顔になって母に擦り寄っている。
「この前とってもおいしい紅茶を見つけましたの。それを飲みながらおしゃべりしましょう。ね、いいでしょう?」
「まあ、素敵ね。でも、いいの? ディアドラ、ドレスを見に行きたいって言っていたでしょう?」
「いいのいいの! ……ということでお父様はもういいから、あっちに行っていてくださる?」
「おまえ……」
ひくり、と父親の口元が引きつるが、ディアドラはどこ吹く風だ。間に挟まれるカミラは、夫と娘の顔を交互に見て首をひねっている。
カミラの石化が解けてからというもの、ルークだけでなくディアドラもカミラにべったりだった。毎日カミラを巡って二人で言い合いをしており、昼食の席にどちらがカミラの隣に座るかで揉めたりする日々。
使用人たちは皆、やれやれと言わんばかりの顔をしつつも、石化した妻に報いるために仕事と娘を育てることに尽くしてきたルークと、母の誇りとなる娘になろうと背伸びをしていたディアドラが生き生きとしているのだからまあいいか、と思っていた。
王家の忠実な騎士であるルークと、王太子の従妹として社交界に出るたびにその洗練された淑女たる振る舞いに皆を圧倒させるディアドラ。
どんなことにも動じない研ぎ澄まされた刃のような美しい伯爵親子として知られる二人が自宅では妻と母にこれほど執心しているなんて、知っているのは王太子とアッシャール帝国皇帝の側室パメラくらいだろう。
自分の腕に抱きつくディアドラと、むっとした顔で娘を見つめるルーク。
二人に愛されている自覚はありつつもそこまで膨大な愛を向けられていると気づかないカミラは、そうだ、とばかりに手を打った。
「それなら、ルークとディアドラでお買い物に行くのはどう?」
「間に合っています」
夫と娘が全く同じ声のトーン、全く同じ表情で言うので、カミラはつい噴き出した。
窓の外では、美しい初夏の風景がどこまでも続いていた。
「ちょっと、お父様!? 今日は朝からお母様とお出かけするって、言いましたよね!? なのにどうして、お母様を抱き潰すのですか!?」
「こ、こら、ディアドラ。そういうことを言うものではない。慎みを持ちなさい」
「お父様が悪いでしょう!」
ある日の朝。ベレスフォード伯爵領にある屋敷に、朝から伯爵と伯爵令嬢が喧嘩する声が響いていた。
といっても怒っているのは娘だけで、父親の方は娘の剣幕を前にたじたじになっているのだが。
「今日はお母様を街に連れて行って、めいっぱいおしゃれしていただこうと思っていたんです! それなのに、ああ、もう! 独占欲が強くてしつこい性格のお父様のせいで、私たちのお出かけ計画が台無しです!」
「悪かった。確かに加減ができなかった私が悪い」
「年頃の娘の前でそういうことを言わないでください!」
「先に言い出したのはおまえだろう……」
「ルーク、ディアドラ?」
やいやいと言い合う夫と娘の声を聞きつけたようで、階段の方から可憐な声が聞こえてきた。途端、父娘は喧嘩をやめて「カミラ!」「お母様!」と一目散にそちらに走っていく。
階段の手すりに手をかけながら降りてきたのは、寝間着の上にガウンを一枚羽織っただけのカミラ。
いくら家族の前だとしてもあまりにも無防備な格好だが、朝寝坊していた彼女は階下で夫と娘が言い合う声を聞き、仲裁のために身仕度もそこそこに降りてきたのだ。
十六歳の娘がいるとは思えない若さを持つカミラは困ったように頬に手を当てて微笑む。
「おはよう。あなたたちの元気な声が、上まで聞こえてきたわ」
「おはようございます、カミラ様。今朝もとても麗しいです」
「おはようございます、お母様。……ねえ、お母様。今日はお外に行く予定だったけれど、おうちでゆっくりするのに変えません?」
早速妻を口説こうとする父親を押しのけ、ディアドラは言った。かわいらしい顔を歪めて父親に向かって怒鳴っていた先ほどの勢いはどこへやら、ころっと甘えるような顔になって母に擦り寄っている。
「この前とってもおいしい紅茶を見つけましたの。それを飲みながらおしゃべりしましょう。ね、いいでしょう?」
「まあ、素敵ね。でも、いいの? ディアドラ、ドレスを見に行きたいって言っていたでしょう?」
「いいのいいの! ……ということでお父様はもういいから、あっちに行っていてくださる?」
「おまえ……」
ひくり、と父親の口元が引きつるが、ディアドラはどこ吹く風だ。間に挟まれるカミラは、夫と娘の顔を交互に見て首をひねっている。
カミラの石化が解けてからというもの、ルークだけでなくディアドラもカミラにべったりだった。毎日カミラを巡って二人で言い合いをしており、昼食の席にどちらがカミラの隣に座るかで揉めたりする日々。
使用人たちは皆、やれやれと言わんばかりの顔をしつつも、石化した妻に報いるために仕事と娘を育てることに尽くしてきたルークと、母の誇りとなる娘になろうと背伸びをしていたディアドラが生き生きとしているのだからまあいいか、と思っていた。
王家の忠実な騎士であるルークと、王太子の従妹として社交界に出るたびにその洗練された淑女たる振る舞いに皆を圧倒させるディアドラ。
どんなことにも動じない研ぎ澄まされた刃のような美しい伯爵親子として知られる二人が自宅では妻と母にこれほど執心しているなんて、知っているのは王太子とアッシャール帝国皇帝の側室パメラくらいだろう。
自分の腕に抱きつくディアドラと、むっとした顔で娘を見つめるルーク。
二人に愛されている自覚はありつつもそこまで膨大な愛を向けられていると気づかないカミラは、そうだ、とばかりに手を打った。
「それなら、ルークとディアドラでお買い物に行くのはどう?」
「間に合っています」
夫と娘が全く同じ声のトーン、全く同じ表情で言うので、カミラはつい噴き出した。
窓の外では、美しい初夏の風景がどこまでも続いていた。