十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
 夜、まだ女性使用人がいないので一人で髪を洗って寝間着に着替えたカミラは、二階にある女主人用の部屋に向かおうとしてふと足を止めた。

(そういえば、この部屋のベッドは一人用だったわ)

 大きめではあるが、成人二人で寝るには少し狭いサイズだった。ということはあの部屋はカミラ専用で、夫婦用の寝室は別にあるのだ。

(でも夕食のときから、ルークとは話ができていないわ……)

 夕方に女主人用の部屋の案内をしてくれたっきり、ルークとは会話がない。
 間違いなく、あのときのカミラの発言でルークが気を悪くしたようで、筋骨隆々のコックが作ってくれた夕食を食べる間も会話はなく、その後それぞれ入浴するときもカミラは声をかけたがルークは無言でうなずくだけだった。

(……そうよ、ルークはまだ十六歳よ)

 額に手を当てて、はあっとため息を吐き出す。

 ラプラディア王国や近隣諸国では十六歳からが成人で結婚もできるが、とはいえルークはまだ十代半ばの少年だ。
 彼は幼い頃から戦場で育ったようでそこらの十六歳よりはよほど落ち着いているし体も大きいが、少年からやっと大人になったばかりであることには違いない。大人なら受け流せることでも、まだ若い彼には看過できないことだってあるだろう。

(私の方が、大人の振る舞いをしないといけないわ)

 ただでさえ年齢差のある結婚で彼は内心こりごりだと思っているだろうに、年上のくせに妻が甘ったれで「私のことを察して」と言わんばかりの態度だったら、疲れるし苛立ちもするだろう。

(今日一日を、このままでは終わらせられないわ。それに……いわゆる今日が『初夜』なのだし)

 カミラが所属していた修道院には女性しかいなかったということもあり、性の教育に関してはわりと積極的でカミラにも相応の知識があった。初夜に夫婦が何をするのかも、わかっている。

(でも自分がそういうことをするという想像がつかないし、ましてや相手がルークだなんて……)

 まるでいたいけな少年をたぶらかす悪女のようで、正直罪悪感がすごいしそういう気にもなれない。
 そもそもカミラはそこまで恋愛とか性愛とかに関心がなかったし一生独身のつもりでいたので、我がこととして受け入れるのが難しかった。

(もしルークの方から求めてきたら、妻として応じるべきだけれど……)

 どうするべきだろうかと二階の廊下の真ん中で悩んでいたカミラは、後ろから近づく足音に気づかなかった。

「カミラ様?」
「ひゃあっ!?」

 後ろから声をかけられたため、カミラはぎょっとして振り返った。声で彼だとすぐにわかったのだが、カンテラを手に立っていた風呂上がりのルークはきょとんとした顔をしている。

「もしかして、部屋がどこかわからなくなりましたか?」
「あ、いえ、大丈夫よ。場所はわかるけれど、その、今夜そこで寝てもいいのかと迷って」

(……こうやってちゃんと、思っていることを話さないと!)

 恥ずかしいが思い切って言うと、ルークはカミラの言葉の意味を数秒間かけて考えていたようだが、やがてその眉間に皺が寄った。

(あっ、これはよくない反応だわ)

「……確かに今日はいわゆる初夜というものですね」
「そ、そうね。もしルークと寝所を共にするべきだったら、夫婦用の寝室に入ることになるから」
「……」

 ルークが険しい顔のまま、こちらを見てくる。その表情はどう見ても初夜に乗り気ではなく、カミラの心がしおしおとしおれ、そして一度ならず二度も夫を不快な気持ちにさせた恥ずかしさで冷えていく。

 次の言葉が出てこなくて黙ってしまうカミラを見かねたのか、ルークがふうっとため息を吐き出した。

「……義務感でそう言っているのなら、ご安心ください。あなたに無理強いをするつもりはありません」
「……」
「今日は別々に寝ましょう。私の部屋はあちらなので、何かあればいらっしゃってください」

 そう言って、ルークはカミラに背を向けた。

「では、おやすみなさいませ」
「……おやすみなさい、ルーク」

 広い背中に、カミラはかすれた声をかける。
 彼は、振り返らなかった。
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