奏でない音を
♪1
大好きだった。
見ていられるだけで、幸せだった。
「って、美優! またぼーっとしてるの!?」
……その通りです。
意識は窓の向こうがわ、グランドで駆ける彼のもと。
それでもあたしの手はずっと、規則正しくリズムを刻む。
たかたか、たかたか。
練習台の上、スティックが弾む。
「美優ー、もうっ、集中しなよー」
トロンボーンを抱えた友だち、佐野光樹は、心ここにあらずな感じのあたしに一応注意をすると、同じパートの後輩と、連れだって行ってしまった。
きっと、パート練習。
思った通り、しばらくすると、開いた窓からトロンボーンの音色が届く。
たかたか、たかたか。
あたしはひとり、練習台を叩き続ける。