奏でない音を
「また杏里はー」
無理だって言ってるのに。
だって、話せただけでこんなにドキドキしてるのに。
好き、なんて。言ったらきっと、呼吸困難で死んじゃうよ。
「大丈夫、美優なら。死にやしないよ」
何の根拠があるんだか、杏里は胸を張って断言した。
「そうかなぁ……」
「そう。だから、美優はもっと自信を持ちなさい」
杏里に言われると、なんとなくそんな気もした。
「……痛っ」
ぼんやりしながら作業していたせいだ。
カッターナイフで左手を、ざっくり切ってしまっていた。
鮮やかな血が、どくどくと滴り落ちる。
切っていた画用紙が、朱に染まっていく。
「美優、大丈夫!? 保健室……」
「うん、大丈夫、行ってくるから」
先生に一言断って、美術室をあとにした。