奏でない音を

「また杏里はー」


無理だって言ってるのに。

だって、話せただけでこんなにドキドキしてるのに。

好き、なんて。言ったらきっと、呼吸困難で死んじゃうよ。


「大丈夫、美優なら。死にやしないよ」


何の根拠があるんだか、杏里は胸を張って断言した。

「そうかなぁ……」

「そう。だから、美優はもっと自信を持ちなさい」


杏里に言われると、なんとなくそんな気もした。



「……痛っ」


ぼんやりしながら作業していたせいだ。

カッターナイフで左手を、ざっくり切ってしまっていた。


鮮やかな血が、どくどくと滴り落ちる。

切っていた画用紙が、朱に染まっていく。


「美優、大丈夫!? 保健室……」

「うん、大丈夫、行ってくるから」


先生に一言断って、美術室をあとにした。

< 17 / 33 >

この作品をシェア

pagetop